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♦名前:某々興輝[・・・・
オキテル]

父輝男が「輝」にこだわり「輝興」と名付けようとしたが、姓名判断で「良くない」と言われ、『興輝』(オキテル)したとのこと。
祖父には、『置テル』と書かれ、会津の小学校では、女性教師に「オチテル」(東北にも[キ]を[チ]と発音するところがある)と呼ばれ、子供の頃から、「オキテル、ネテル?」とからかわれ、大学でも教授に『お前はオキテルだが、授業中よくネテルな』と皮肉られた。
その割にいやな名前と思ったことはない。おそらく、世界に一人しかいない名前であろうと妙な自己満足をしてきた。
しかし
2001年、呼び方こそ違え、同名の人の存在を知り、一人居ると言うことはもう一人居てもおかしくないと思うようになっている。
♦略歴:(1939年5月生)
第2時大戦勃発の年に、父の勤務地中国北京で生まれた。
終戦で、大連からの引き揚げ船に乗るとき、生まれて初めて白色人種(米国兵)を見た。あまりに鼻が高く、背が高く、赤い顔をしているので、化け物を見たように怖かった。
引き揚げ船は米軍のLST、船底に皆で雑魚寝した。
歌手、渡辺はま子が一緒だった。航海中幼児が死亡し、水葬があった。デッキで泣き崩れて海に沈んでゆく水葬の包みを見つめる母親の姿が今も目に浮かぶ。上陸地佐世保では頭からDDTをぶっかけられた。
その後、父の郷会津、母の郷今治、父がようやく職を見つけた沼津と転々としたあと、沼津で小・中・高校を卒業。大学は仙台へ行った。
58才直前、会社のリストラで早期退職勧奨があり、2年という自由時間が?百万円なら安い と考え早期退職に応募、34年でサラリーマン生活を中退した。
サラリーマンを中退して、15年を超えた。
大学を卒業して半世紀を超えた。
♦職業:なし
というわけで、現在は年金生活者。ボランティア活動をしたり、放送大学の学生をしたりの自由な生活をしている。
ボランティア活動は
、いろいろやっていたが、難聴や、かみさんのご機嫌を損ねほとんど止めた。現在は、主婦・熟年男性のためのボランティアパソコン
クラブの主宰だけである。
♦趣味:パソコン、旅行
オーディオ、楽器、読書、旅行、パソコン、パズル、コントラクト・ブリッジ、ゴルフ、テニス等々あれこれ手を出してきたが、オタクになれたものは一つもない。
オーディオには結構金を注ぎ込んだが、難聴が進み、聴くことが無くなった。「聴かないのなら処分して!
邪魔なだけ!」とのカミさんの苦情に、2013年8月、遂に、買い集めたLP・CDを含め全てを処分した。これで、音楽に関する物は一切無くなった。
パソコン、旅行、読書などが今も続いているもの。
オーディオに替えて、2013年新たな趣味にするつもりで美術館巡りを始めた。
読書の傾向は、ノン・フィクション...歴史書や評論そしてトルコ関連書籍。
旅行は、以前は年1回、海外旅行に行っていたが、耳が遠くなったこともあり、余り行きたいと思わなくなった。
2013年、カミさんの手配したドイツ旅行に付いて行った。これが最後の海外旅行だろう。「まだ!」と言っていたカミさんも、これを最後にする気になったようだ。
これまで行った場所は、オーストリア、スイス、フランス、モナコ、ドイツ、ハンガリー、プラハ、ロンドン、ニュージーランド、トルコ、イタリア、ハワイ、オーストラリア、タイ、シンガポール、ポルトガル、バリ
、スペイン、カナダ、サンフランシスコ、アンコールワット(カンボジア)、西安(中国)、ベトナム、ドイツ。
これからは、国内旅行を楽しむつもり。
♦好物:酒、ポテトパンケーキ、オニオングラタンスープ、フランスパン、魚の煮付け、ブルーチーズ
「酒と名の付くものにまずいものなし」と思っている。特に、日本酒と赤ワインが大好物。
とはいえ、良くある、日本酒オタクやワインオタクではない(なれない)。
酔うとかなり足下が頼りなくなってきたので、東京に出たときは、控えるようにしている。
苦手:ウズラの卵
なぜかこれを食すると胃けいれんを起こす。鶏卵は毎日食べていて何ともない。友人・知人は、異口同音に「そんな馬鹿な!」。自らもそう思い、何度も挑戦したが必ず腹具合がおかしくなるので諦めた。以来30余年、ウズラアレルギー症と自己診断していた。
2002年、ある飲み屋で、それと知らず、誤って口にした。何回か咬んで気が付いたので、ままよとそのまま呑み込んだ。当然、腹痛がすぐ起こり、何回も手洗いに行く羽目になると覚悟したが、何も起こらなかった。
この30余年の間に体質が変わったのかも知れない。だからといって、警戒を解く気には未だなれない。
♦クセ:忘れ物(こと)
我ながら兎に角ひどい。定期券を持たないで家を出たことは数え切れない。「ハトガマメクテパ(ハンカチ、時計、がま口、マッチ、眼鏡、櫛、手帳、パス(定期券))」という呪文を覚えたが、それを唱えることを忘れる。
出かけるときには必ずかみさんに『忘れ物はない?』と声をかけられる。『忘れ物が分かっていれば忘れ物ではない』などと悪態を付いているが、それでも忘れる。
手に持って出ていくと何処かに置き忘れて帰ってくる。デジカメをどこかに置き忘れなくし
、現在のものは3台目。眼鏡や補聴器はそれぞれ二つもなくした。傘などは、もうかみさんは買ってくれない。
最近は、病院への通院回数が多くなったが、予約済みの通院を時たま忘れる。
「物」忘れでは影響は己のみ。だが、「こと」忘れとなると人に迷惑を掛ける。
2006年3月には、友人との約束を2回立て続けに忘れ、友人からアルツハイマーが始まったのではないかと脅かされた。
かみさんは、以前より「もう、病気ね!」と言っている。諦めたのかと思いきや、相変わらず、小馬鹿にしたように文句を言っている。
それでなくても、忘却力向上著しい昨今、かなり自己嫌悪に陥っている。
♦こだわり:ロングステイ、ホームシアター、生まれ故郷訪問
この3つに拘っているのだが、今以て実現しない。
いずれ、かみさんと海外ロングステイをと考えてきたが、カミさんは、その気が無くなったようだ。トルコ語が日本語と文法が似ていることに感激し、トルコにロングステイしてトルコ語を身につけたいと希望していたが、この難聴では、無理だろう。
大スクリーンのホームシアターも退職前から夢みているのだが、少々金がかかり過ぎるので、今もって実現しない。夢を持てば、必ず実現すると信じ、夢だけは捨てないで居る。
2004年10月、戦後引き揚げてきて以来、58年ぶりに中国本土(西安)の土を踏んだ。次は、生まれた土地、北京に行かねばと拘っているのだが.....。
♦家族:かみさん、娘二人、息子一人、孫3人
長女と息子は結婚して家を出た。下の娘
も2004年夏、家を出た。父(1914年生まれ)が、1999年、母(1915年生まれ)が2009年亡くなった。現在は、かみさんとの2人暮らし。
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