OK君永眠
2005/8/1

OK君が亡くなった。入社が1年違いであることや、組合で活動を共にしたこと、同じ音楽趣味を持つこと、比較的近所に住んでいることなどから、40年にわたり親しく付き合ってきた。

音楽は、高校時代から、あれこれ聴き楽しんでいたようで、色々蘊蓄を聞かせてもらった。若い頃は詩作を会社の広報誌に良く投稿していた詩人でもある。

最初にオーディオ機器を揃えたおり、あまりのレコードの少なさに、驚いたのか、我が家に来るたびに、レコードをプレゼントしてくれた。

彼が、研修でアメリカに18ヶ月長期出張をすることになったとき、彼のLP300枚位を預かるよう頼まれた。実際は、小生のレコードの少なさに呆れ、手持ちのレコードを聴かせようとしてくれたのだろう。

それを預かって、毎週日曜日にひがな、レコードを聴き、その報告を毎週アメリカの彼に送っていた。

この過程で、ブルックナーを知り、マーラーを知った。彼のおかげで、レコードを聴く楽しみを覚えたと言って過言でない。

彼は、室内楽が好きで、室内楽は、作曲者の心のささやきが聞こえると言っていた。彼の薦めにも拘わらず、室内楽はなかなか好きになれなかったが、それでも、いくつか好きな曲ができたのは、正に彼のおかげである。

彼の家にお邪魔してレコードを聴いたことも何回かあり、我が家にも何度か来てもらった。
アメリカ出張の折、アメリカで研修中の彼の家を訪ねたとき、昼過ぎまで目が覚めなかった。親しい彼の家にいることで、安心して熟睡できたためだ。

シベリウスの交響曲2番の出だしを評し、春の雪解けのようだと言ったのが忘れられない。やはり詩人だなと大いに感じ入った。

山登りが好きで、ごく最近まで山登りをしていた彼が、急に、体調を崩し、その過程で、肺ガンが見つかって入院したのだが、山登りで鍛えたからだ、その意志の強さから、きっと回復するだろうと期待していた。食べ物を嚥下することができない状況の中で、体力を消耗してしまったのだろう。

亡くなる何日か前に「胃ろう」の手術をし、成功したと聞いていただけに、その後直ぐ危篤になってしまったのが、残念でならない。

彼からもらったLPやCD、彼の好きだったモーツァルトの室内楽を聴き、彼の冥福を祈ることにする。