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金子忠次
言葉が分からないからオペラはいやだ、という人が多いのですが、言葉がダメでも楽しめるのです。最近は舞台の上とか横に字幕が出るようになって、この点は様変わりによくなりました。ただこれも日本で観る分にはいいのですが、外国では役に立ちません。字幕そのものがドイツ語とかフランス語とかで出てくるからです。英語もありますが、頭の中で英文和訳をやっているうちに舞台がどんどん進んでしまって、オペラを楽しむどころではありません。 ここは、一念発起して、ドイツ語、イタリア語を勉強するのがベストなのですが、老人力発揮の毎日では前途ほど遠し、です。 あるいは、日本人が大挙してヨーロッパのオペラハウスに押しかけるようになったら、日本語の字幕が出るようになるかもしれません。(これはまずないでしょうね、連中はプライドが高いから。) 全くべつの観点から、言葉は理解しなくても楽しめる、という考え方もあります。それは、声を音としてのみ聴く、つまり歌声を一種の楽器の音として聴いてしまうということです。エルヴィス・プレスリーの唄を何人の人が歌詞を理解して聴いていたのでしょうか。オペラをCDやレコードで聴く場合はこれに当てはまるかもしれません。以前には長い間、私もこのやり方でオペラを聴いていたように思います。 オペラの音楽としての側面に特に価値を認めるならこういう楽しみ方も勿論いいわけですが、芝居としての要素、あるいは視覚的要素を抜き取ってしまうと、やはり半分しか楽しんでいない、ということになるのではないでしょうか。歌手には美人が多いし、それにとても“ふくよかな”肉体の持ち主が多いので、声だけでは、楽しさは三分の一以下になるでしょうね。 外国のオペラを、日本人が日本語でやる、というのもあまりうまくないようです。言葉とオーケストラの奏でる音楽とは密接な関係があって、言葉が元と違ったら作曲家が意図したものが相当部分失われてしまうでしょう。大体が、最初に台本(「詞」、言葉)があってそれに作曲家が曲を乗せるわけですから、「初めに言葉ありき」です。「荒城の月」を英語で歌ったらどうなるか、というようなことではないかと思います。(私は専門家でないのでこの辺でやめときます。)
地元久留米のオペラ好きの団体ツァーです。今年は3月にミュンヘンとベルリンに8日間の日程で行ってきました。 費用は全部で約30万円。見たオペラは4つ。“1つ当り”にすると8万円くらいです。“1つ当り”で計算すると東京に行くより安いのです!。お金だけではありません。雰囲気が違います。きらびやかな衣装に身をつつんだ紳士淑女の中で観るオペラはまた格別です。建物がまたすごいですよね。向うのオペラハウスは街の中心にあって、その都市あるいは国の威信をかけて造った、王宮のような豪華な建築ですから、まさに王侯貴族になったような気分です。 旅行中は、オペラを観るのは夜で、昼間は観光です。このことまで入れたらかなりお得な旅行だと思っています。旅行費用が安くなる最大の理由は、向こうではオペラのチケット代が安いからです。(というより日本でのチケット代が高すぎる!)。今年ミュンヘンで観た「トロバトーレ」は最高の席だったのですが、チケット代は12,000円くらいでした。 この金額で、劇場はバイエルン国立歌劇場、指揮はズビンメータとくれば、オペラファンにはヨダレのでそうな値段です。しかも席がどこでもいいとなったら、一番安い席(立見席)ではなんと数百円からあるのです。 日本でオペラがなかなか普及しない原因はこの辺にもあるのでは、と思います。と話が飛躍してしまいましたが、本当は“食わず嫌い”が一番の理由ではないか、と思っていますが如何でしょうか このオペラ旅行については次回に書いて見たいと思っています。 (続く) |