ミラノ・スカラ座

北イタリア・オペラツァー(その3)

金子忠治

 

世界3大歌劇場として大方のオペラファンの認めるところは、ウィーンの国立歌劇場、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場とそれにミラノ・スカラ座ではないでしょうか。

'02年と'06年にウィーン国立歌劇場に行き、'05年にはメトロポリタン歌劇場に行きましたのでミラノ・スカラ座だけが残っていました。それが今度の旅行で実現しました。

これで念願の「世界3大歌劇場でオペラを見る」という夢が実現しました。感慨もひとしおです。

スカラ座の建物を目にするまではウィーン国立歌劇場のような豪華な装いをイメージしていましたので、実際にこの建物を見た時はやや地味な印象を受けました。

スカラ座は1778年の創建ということで古い歴史を持っていますが、第2次大戦末期に空爆により破壊され、現在の建物はその後修復再建されたものです。

客席数は約2,100 内訳は1階の平土間が680、2〜4階のボックス席が930、5〜6階の天井桟敷が410、立見席が100ということで平土間の席数が意外に少ないことを初めて知りました。

建物の左側部分が博物館になっていて、かってここで活躍した作曲家や数多の名歌手、名指揮者の絵や写真、記念品などが展示してあります。

外観は地味目ですが、中に入ってみるとそこはやはり”殿堂”にふさわしい豪華な装いが待っていました。やはりこうこなくちゃ、という思いで十二分に満足しました。

ただここのチケットはかなり入手し難いようで、今回も正規ルートでは手に入らずウラのルート?を使ったそうです。ということは当然プレミアムつき! イタリアにはいろいろなウラの世界があるようです。

スカラ座の前は広場になっていてレオナルド・ダヴィンチの石像がある。
ダヴィンチは若い頃はフィレンツェにいたが
やがてミラノに移って重要な仕事をした。

「最後の晩餐」はミラノにある。
ダヴィンチとオペラは直接関係ないと思うのだが、
この像はなぜかスカラ座の正面にある。

長い間大指揮者トスカニーニがここに君臨し、
この歌劇場を世界の一流に仕立て上げた
と言われるだけあって博物館にはトスカニーニに関わる展示物が多い。
これは昔の「蝶々夫人」の公演ポスターであるが、
1925年11月29日の日付があり、
指揮者は「Arturo Toscanini」である。
残念ながら歌手の名前はわからない。
「蝶々夫人」は1904年2月にここで初演された。
なお、ポスターのデザインが今も昔も全く変わっていないのが面白い。

 

スカラ座の内部

外側は地味でも中は豪華。
高くせり上がった桟敷席を見ているとついにスカラ座に来た、という思いが胸に湧き上がってくる。

そしていよいよこれからオペラが始まるという気分が昂揚してくる。
 

客席・平土間
どこでもそうだが平土間はチケットは高いのに座ると意外に窮屈。

中に入ってしまうと飛行機と同じで出入りが大変。
それに傾斜が緩やかなので、前に大男などが座ると

舞台が見えなくなってしまう。
(ドイツや北欧ほどではないがイタリアも大男、大女が多い!)

ボックス席(桟敷席)
ボックス席は6人が定員。

前の3人はいいが、後ろの席からは舞台がろくに見えないので

ずっと立ちんぼで見る羽目になる。
昔はここにくる人達は舞台など見ないで、ひたすらお喋りと

向こう側のボックス席にいる美男美女の品定めをしていたという。

(オペラグラスはそのためのものだそうだ)