特殊相対性の地域的考察

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ケース 1:大阪 ☆

神田達男

我々の年を約60才とすると、半分近くの30年弱を関西以西に生活する結果となりました。残りの半分は20年とまとまって留まった所がなかったので、今では
  『関西人です』
といっても不都合はないでしょう。

仙台での生活を終えるのが確実になった頃、就職先の企業の選定基準を関西にしか生産拠点がない所ということにしたので、結果、思惑通りの生活をしたこととなったわけです。今から考えると、どうしてそんな基準を前面に出したのか釈然としませんが、
  『同じ場所に長いこと居ない』
  『変れるチャンスがあったらそれを掴む』
などと思っていたようです。なお、もちろんのことでありますが、当時の就職担当のおっかない先生には上のようないいかげんな動機は告白せず、もっとしっかりした?理由をつけて関西の会社をお願いしたのです。

当たり前のことですが、土地土地にはそれなりの歴史があって、大阪に住み始めた頃、それまでは教科書でしか知らなかった曾根崎心中の現地でいっぱい呑んだりしてはめったやたらと感心し、
  『ここに来てよかった』
とまじめに思ったことも再々ありました。その後、ご当地ソングが流行ったりして御堂筋やら(前を通ったことしかない)宗衛門町などが有名になりましたね。

それでも日本における関西地区イコール大阪の評価はたいしたものではなく、大阪には、アルサロや一方通行などという誰にでもまねのできるちょっとしたアイデアしか生まない所、日本を牽引できるほどの先進的なことを発案するにはほど遠い所という評価が避けられないでしょう。   

ここで、話はちょっと脇道にそれます。アルサロという言葉を聞かなくなりましたね。我々の学生時代には学都、仙台にさえこういった幻想的なサイトがあって、極々貧しい生活費をやりくりしてでもなんとか誘惑に陥りたいというのが大方の念願であったものですが。なお、「大方の」とは書きましたが、これを読んでおられる方全部という意味ではありませんので申し添えます。よって、正確には「例外はあるものの大方の」とすべきなのでしょう。

特に、この脇道の話でいいたいのは、アルサロという非凡な造語のことです。アルバイトで働いている人なんか皆無であるにも関わらず、新造語4文字で客の弱みを鷲づかみにして誘惑の巷に踏み込めるような連想をさせる、こうした大阪人の着眼のよさに同感していただきたいと念願してやみません。

さらに脇道の脇道にそれると、今の日本では国民が総アルバイト化したという感じがしませんか?・・こうして、我々は「今の日本」というほどの年になったのであります。また、今の日本に不都合があって、それが時代の申し子などであるとしたら、その時代を作ったのは他ならぬ我々(言い方が悪かったら、他ならぬ わたし)であるというような年になりましたね。

さて、本筋に帰ると――

この文の本題は日本を牽引できる実力こそないけれど、慣れ親しんだ大阪の魅力をアピールすることです。近頃は、吉本の関東進出などの話題やテレビのお陰で大阪弁の違和感も薄らいでいるのでしょうが、啖呵を切るにも河内弁がよいとか江戸弁のべらんめえ口調がよいなど同じ用に対してでも言葉の評価はいろいろです。ここでは、わたしの惚れている単語 「しんどい」を取り上げて大阪の素晴らしさを宣伝し、各位が
  『今度生まれ変わったら大阪に住みたい』
と思うように仕掛けができたらと思います。
             

2度目の脇道の話です。我々の級友、T氏の話では、彼のおばあチャンは「地図」のことを「絵図面」といわれるとのことです。これを聞いた時わたしは言葉そのものと、それを日常に使える人の魅力に感涙にむせんだのであります。そして、今度からは俺も
  『絵図面を持ってこい!』
と怒鳴らなければこうした感激を無にしてしまうであろうと決意を固めたのでありました。

「絵図面」となれば、ただの道順が示してある機能ばかりの印刷物ではなく、どこにどんな人が住んでいて、夏が寒いやら日照りがあるやらもチャンと分かるような気がしませんか?こんなすばらしい言葉を聞くと、「しんどい」がわざわざ取り上げるほどの価値があるかどうか危ぶまれるほどです。

「しんどい」という言葉は、昔から聞いたことがありました。例えば「買い物ブギ」の最後の句:ああしんど であります。しかし、大阪に生活し始めて実際に使われている様に接し、全く遅まきながら10年とか20年してからようよう自分でもなんとか使えるようになると、これはただの「買い物ブギ」ではないということが判明しました。

使う人の違いや場面のTOPとによってそのありさまは千変万化舞い上がり、百花繚乱、まさに関西文化の古今を包含しつつ話者の意図する所を相手方に送り届ける。受け取った側は、その意味、含蓄をあらゆる経験、推量、憶測を持っていかなる「しんどさ」が出来したのかを知るのであります。

今、仮に「しんどい」を東京言葉に置きかえることを試みるなら、疲れた、くたびれた、疲労した、だるい、おっくうだ、たいぎだ、不都合である、不調である、変調である、低調である、具合が悪い、やりにくい、思うようにならない、意に染まない、不届きな、意外な、期待外れの、期待できない、並大抵でない、ただ事でない、尋常でない、一段と変った、限度はずれの、などとなるのでしょうか。

大阪文花の奥行きの深さがまざまざと実感されるではありませんか!加えて深遠さが極まるのは、これらの意味が任意に複数個合体されて使われることであります。こうなると、聖書の箴言の域に達し、国際保護文化遺産言語となるのであります。例えば、
  『そんなしんどいことやめとき』
となれば、
  『やるのはおっくうで、不都合で意に染まない。成果も期待できないしくたびれるだけだ。』
となるわけです。さらに、これが我が憧れであり、巨匠でもあるヤッサンの上方漫才の舞台で使われるとまるで水を得た「蛇」のごとく躍動するのです。

三度脱線しますが、わたしの所は嫁ハンともに大阪よりかなり北の山国の出身ではありますが、長年の関西住まいで
  『漫才なら上方』、
  『中でもヤッサンがとどめ』
と評価が一致しているのであります。我が家のこの評価の中には
  『東京漫才なんか漫才の内か!』
という少し偏狂的な部分さえも含んでいて、東京の名人芸といわれる話術にほんの少し笑いがあっても
  『チットモおもろない』
とかたづけられてしまうのであります。

今のわたしは、もし「しんどい」という言葉を封じられたら日常の感情表現をいかにしてよいか途方にくれざるを得ないし、昔、他の地方の言葉で「しんどさ加減」を表現していた自分を
  『アホだったんちゃうか』
とさえ思うのであります。アホを開放し、正常人に目覚めさせてくれた大阪の先人に対し心から尊敬の念を表します。

こんなストーリーで諸氏には
  『今度生まれ変わったら大阪に住みたい』
と思っていただけたら幸いです。わらじを脱いで住み着いた、これからしばらくは「死ぬほど暑い」大阪自慢のほんの一部を書きました。
 

添えつけ写真のコメント   文章にふさわしい写真といえば、なんといっても道頓堀川近くの「グリコのランニングおじさん」や「かに道楽のかにがでかい鋏をしゃかしゃか動かしている所」であるということは十分に分かっております。しかし、その持ち合わせがないので次善の物を選定しました。