
方丈記については、これまでブログにいくつか書いてきた。昨年、ある程度暗記が進んだところで、Webページにしたのだが、今回更に更新した。
「このページの目的は、したことの記録と、暗記の内容を思い出すためのアンチョコ。
これで、方丈記全文のほぼ6割を暗記することになる。

大福光寺本(鎌倉前期写、伝 鴨長明自筆)
Wikipediaより
Wikipediaより
「方丈記」を何度も読み直している。
昨年来、方丈記を読み、「これは...」と気になる部分を暗記して来た。暗記を確認するために、散歩中や、寝床に入ったあと子守唄代わりに呟いている。
しばらく、暗唱をしないでいると、口に出てこないところが出てくる。それを確かめるため改めて本を開くことで、何度も読み直しをしている。
また、インターネットのブログで「Stay Homeな現在だからこそ、『方丈記』のお籠りマインドに触れる」と言う記事を見つけ刺激された。
中野孝次著「スラスラ読める方丈記」
読んでいるのは中野孝次の「すらすら読める方丈記」。
この本、方丈記を6つの段に分け、さらにそれをいくつかの段落に分けて、その段落ごとに現代語訳と解説をしている。
6つの段に表題はなく、段落には現代語訳の方に表題がある。
以下、その構成に沿って、これまでに暗記したところを、今後の記憶が怪しくなったときのアンチョコと記録を兼ね、以下書いておく。
「」内は暗記部分である。
世の無常を語る
(六つの段の表題は筆者が勝手につけたもの)- (ゆく河と人生と住居と)「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。.....またかくのごとし。」 (全文)
- (人間の生の姿)「玉敷の都のうちに.....朝(あした)に死に、夕に生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。」(全文)
- (人間存在の根源への問い)「知らず、生まれ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。.....夕を待つことなし。」(全文)
鴨長明が経験した「世の不思議」のルポルタージュ
- (打ちつづいた天変地異と事件)「予(われ)、ものの心を知れりしより.....世の不思議を見る事、ややたびたびになりぬ」(全文)
- (安元の大火)
- (猛火が京の都をおそう)
- (人間の営為の愚かさ)
- (治承の辻風)
- (実地体験の正直な記録)
- (凶事の前ぶれか)
- (福原への遷都)
- (平安京の荒廃)
- (新都はいまだ成らず)「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず。.....浮雲の思ひをなせり。」(部分)
- (そのかみの治世との落差)
- (養和の飢饉)「また、養和のころとか、久しくなりて、たしかにも覺えず。.....むなしく春かへし、夏植うるいとなみありて、秋かり冬收むるぞめきはなし。」(全文)
- (困窮する民衆)「これによりて...さのみやは操も作りあへん。念じ、わびつつさまざまの財物(たからもの).....粟を重くす。乞食(こつじき)路のほとりに多く、愁へ悲しむ声耳に満てり。」(全文)
- (すさまじい実景報告)「前の年かくのごとく、からうじて暮れぬ。.....濁悪世にしも生まれあひて、かかる心うきわざをなん見侍りし。」(全文)
- (極限状況下の人間の情)「また、いとあはれなることも侍りき。さりがたき妻(め)、をとこ持ちたるものは..... 必ず先立ちて死ぬ。その故は、我が身は次にして.....臥せるなどもありけり。」全文)
- (隆暁法印の慈悲)「仁和寺(にんなじ)に隆暁法印(りゅうぎようほういん)といふ人、かくしつつ、数知らず死ぬる事を悲しみて、その首(こうべ)の見ゆるごとに、額に阿字(あじ)を書きて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。人数を知らんとて...いかにいはんや七道諸国をや」(全文)
- (類のない事態) 「崇徳院のお御位の時...眼のあたり、めづらかなりし事なり。」(全文)
- (元暦の大地震)
- * (子を失った武者の話)
- (打ち続く余震)
- (人は災禍を忘れてしまう)
世の無常を改めて慨嘆
- (人と住居の無常)「すべて、世の中のありにくく、わが身と栖との、はかなく、あだなるさま、また、かくのごとし。いはんや、...あげてかぞふべからず」(全文)
- (人間社会の生きにくさ)「もし、おのれが身、数ならずして...盗賊の難はなはだし。また、いきほいあるものは貪欲(とんよく)ふかく.....たまゆらも心を休むべき。」(全文)
自らの生涯を顧みる
- (自らの生涯を顧みる)
- (五十の春の出家遁世)
- (究極の住居・方丈建築)
方丈の生活の楽しみ
- (仮の庵のありさま)「いま、日野山の奥に.....かりの庵の有様、かくのごとし。」(全文)
- (隠棲の楽しみ)「その所のさまをいはば.....罪障に例へつべし。もし、念仏ものうく.....何につけてか破らん。もし跡の白波に.....源都督の行ひを習ふ。もし、余興あれば.....みづから 情(こころ)を養ふばかりなり。(全文)
- (日野山中隠居のおもむき)「また、ふもとに一つの柴の庵あり.....羽束師(はつかし)を見る。勝地は主なければ、心を慰むるに障りなし。歩み煩ひなく.....かつは家土産(いえづと)とす。もし、夜しづかなれば.....これにしも限るべからず。」(全文)
- (仮の住居は無事おだやか)「おほかた、このところに住みはじめし時は.....不足なし。寄居(ごうな)は小さき貝を好む.....愁へ無きを楽しみとす。すべて、.....誰をかすゑん。」(全文)
- (他人に左右されずに生きる)「>それ、人の友とあるものは.....心を悩ますにはしかず。今、一身を分かちて.....いかが他の力を借るべき。衣食(えじき)の類(たぐい).....昔と今とをなぞらふるばかりなり。」(全文)
- *(命は天運にまかせて)「おほかた.....をりをりの美景に殘れり。」(全文)
- (三界唯一心)「それ、三界は、ただ心ひとつなり。...誰かさとらん。」(全文)
方丈生活の自己批判とむすび
- (余算の山の端に近し)「そもそも、いちごの月影傾きて、余算の山の端に近し。...あたら時を過ぐさん。」(全文)
- (我が心はこたえず)「静かなる暁.....不肖の阿弥陀仏、両三遍申して、やみぬ。」(全文)
- (結語)「時に、建暦の二年(ふたとせ).....外山の庵にしてこれを記す」(全文)

方丈(復元)
下鴨神社(京都市左京区)境内の河合神社に展示。
Wikipediaより
下鴨神社(京都市左京区)境内の河合神社に展示。
Wikipediaより