燃料電池とカルノーのサイクル

梅垣高士 

  1. はじめに

 

最近、新聞紙上でも、かなりの頻度で、燃料電池のことがとりあげられるようになってきています。

そんな記事の中で、水素を使えば、排気ガスとしては、水が出るだけで、非常にクリーンなのだというような主旨の文章もよく見かけます。

こんな文章を書いている記者自身も、理系大学出身者でなければ、熱力学の講義を受けている可能性が少ないので、燃料電池を正しく理解をしているとは思えませんが、読者側も、理系の教育を受けていなければ、記事以上のレベルの知識を要求することもないのでしょうから、別に問題にすることもないのかもしれません。

燃料電池の肩を持つわけではないのですが、その特徴は、排気ガスがクリーンだけじゃないよと一言云いたくなります。才萩会の皆様はいかがでしょうか。

燃料電池(直接メタノール形燃料電池)
wikipediaより

酸化還元反応に伴って生じる電子のやりとりを利用して電流を取り出す仕掛けが電池であることは、百も承知のことと思います。

ただ、電池の内部抵抗がゼロという理想的な電池とカルノーのサイクルをもつ仮想的な熱機関(以降、カルノーエンジンと呼ぶことにします。)とのエネルギー変換効率の比較となると、外島先生の電気化学の講義にも油井先生の熱力学の講義にもなかったと思います。

それで、燃料電池と熱機関との比較をしてみたいと思いますが、理系学部三年程度の熱力学なら、今だって、自在に使えてるよという人は、時間が無駄なので、以下の本文は読まないで下さい。

  1. 熱機関の限界

物理化学の本の熱力の部分でもちょこっと読めばいいのですが、もうそんな本は何処かへいってしまったよとか、いまさら、そんな本を読むのも面倒だよという人もいるかと思いますので、まず、熱機関のエネルギー変換の限界の話から。

熱力のかなり最初の方に、カルノーサイクルのエネルギー変換効率η(%)は、

  η = (ThTl/ Th×100(%)

とあります。ここで、TTl  は、それぞれ、高温熱源の温度、低温熱源の温度(絶対温度目盛)。カルノーエンジンは、理想的熱機関なので、その変換効率が、熱機関一般の上限値になります。

ところで、カルノーエンジンでも、例えば、水を熱媒体として、100℃の水蒸気から、エネルギーをもらい、25℃で排気した場合の熱効率は、η =(75/373)×100=約20%。

SLは、当然これ以下の熱効率だったわけです。高温熱源600℃で,排気が25℃ならば、ηは約66%となります。

このように、高温熱源の温度を高くすることができれば、変換効率を高く出来ますが、発電プラントでは、使用している金属材料の耐熱性に限界があり、この66%あたりは、変換効率の上限ではないかと考えます。

何年か前に、オールセラミックス製の車載エンジンが話題になったことがありました。エンジンが軽量化出来ることに加えて、高温で動かすことが出来ることで、変換効率があげることが出来るメリットがあったのです。

十数年前、自動車工場見学の際に、質問したところ、生産に向けて何かをやってる気配はありませんでしたが、研究レベルでは、関連する論文は、最近でも散見されています。

セラミックスは、原料の融点が非常に高い粉末のため、最終製品にするのに形を作るのが、難しく、小さなものですら、寸法精度を要求されるものを量産することが困難なのです。

脆性破壊など、機械的性質にも疑問点があります。いまのところ、オールセラミックス製の発電用タービンなど、夢のまた夢ということになるかと思います。

ところで、日本の電力会社の発電プラントのエネルギー変換効率は40%程度のようです。火力発電、原子力発電に係わらず、発生した熱の半分も電気に替えることが出来ていない勘定になります。

  1.  電池のエネルギー変換効率

ΔG分(反応で発生したエネルギーΔHから、どんなにしても逃げてしまうエネルギーに相当するTΔSを差し引いた分)だけは、何かの仕事あるいはエネルギーに変えられることになります。

別の言い方をすると、反応に伴って、ΔH分のエネルギーが発生しても、電池の発電に使うにしろ、何をするにしても、何かに使うことの出来るエネルギーは、最大限ΔG分だけです。

ということで、電池によるエネルギー変換の最高の効率は、利用する電極反応のΔG/ΔHで計算することになります。カルノーのサイクルの熱効率とこのΔG/ΔHとの比較が、熱機関と電池との熱力学的比較の基礎となります。

なお、電池の起電力は、関与する電池反応のΔG=−nFEnは関与する電子の数、Fはファラデイ定数、Eは起電力)で計算できます。これは、熱力の後半の方に出てくるか、あるいは、電気化学の章で扱われているかもしれません。

燃料電池で、水の生成反応を利用する場合、H+1/2O2  → H2O(l)で標準状態では、ΔH=−285.830Kca/mol、ΔG=−237.183Kca/molですので、効率は、約83%となります。

勿論、ΔG、ΔHにも温度依存性がありますが、この83%が、カルノーエンジンとの比較で、電池によるエネルギー発生の優位性を示す目安となります。

燃料電池に限らず、酸化還元反応で、電子の流れを発生させる電池一般において、内部抵抗ゼロの場合に、すなわち陰極、陽極の各極および極間に介在する電解質など、どこにも抵抗がない場合に、上述のような計算が出来ます。

もちろん、抵抗ゼロの電解質などありえませんし、両極の電極反応による抵抗もありますので、それら抵抗を全部ひっくるめた電池の内部抵抗を、取り出す電流をiとすると、ri2分のエネルギーは失われますが、将来、失われる部分を小さく出来る見通しがあり、熱力学的にみて、カルノーエンジンよりエネルギー変換効率が大きく出来る可能性が残されています。

実は、熱機関のエネルギー変換効率については、カルノーのサイクルによる限界があることが、100年以上前にも指摘されていましたし、現在の燃料電池のプロトタイプも作られています。

にもかかわらず、熱機関が、エネルギー変換機として、広く使用されるようになり、今日に至ったのは、原理的に電池の優位は認められたとしても、固体で、酸の水溶液に匹敵するようなイオン導電性を有する電解質で適当なものが簡単に見つからなかったのではないかと思われます。

それから、これは、電極反応共通の弱点で、100年前も今もあまり変わらないかもしれませんが、反応の場として、面積を必要とすることもありました。

ここへきて、熱機関の限界が話題となってきた背景には、100年前には想定できなかった化石燃料の枯渇、二酸化炭素による気候変動から、エネルギー問題を根本から考え直さざるを得ない事態になってしまったことがあるものと思われます。

アポロ13号の燃料電池の燃料タンクの破損というとんでもない事故があったのは、1970年でした。

NASAが懸命に知恵をしぼって対処して、見事に宇宙飛行士たちを生還させた話は、NHKのドキュメンタリー番組でも紹介され、後に映画にまでなって、燃料電池の存在を世の中にしらしめることになりました。

それから、40年近くかかって、家庭用を市販するところまでこぎつけたわけです。

私自身、一通りのことは知ってるつもりですけど、電池の専門家ではありませんし、最近の研究のリサーチをきっちりやっているわけでもないので、燃料電池の技術の最先端の話題や今後の課題についてここで紹介するのは無理です。

どなたかそちらのエキスパートにお願いします。それから、東京ガス、松下電器その他のホームページには、家庭用の燃料電池の発電システムについての詳細な解説がありますので参照して下さい。

前述のとおり、発電プラントのエネルギー変換効率が約40%ですが、送電ロスも含めると、発電プラントで発生させた熱エネルギーの約37%しか、各家庭に電力として届いていないとのことです。

家庭での燃料電池による発電システムは、少なくとも、確実に送電ロスを避けることが出来ます。

現在は、電池のみのエネルギー変換効率はそんなに良くありませんが、燃料電池の作動時に冷却が必要のため、お湯が出来るので、トータルでは、かなり効率良くエネルギーが利用できることになっています。

23年前の新聞記事によりますと、送られた天然ガスで発生させたエネルギーのうち、発電に31%、お湯をわかすのに40%、廃熱が29%とありました。

発電機というより半分給湯機ですけど、一般の家庭では、お湯が必要なので、まあこれでいいんでしょうか。

小人数の家族だと、お湯が沢山沸きすぎるような気もしますが。でも、一応、発生エネルギーの71%を有効利用できたことになります。

燃料電池の将来はバラ色かというと、なかなかそうではなく、電極反応のなきどころの克服は、容易ではないと思われます。

工業生産に必要な大量の電力は、火力や原子力で発生した熱を利用する熱機関に頼らざるを得ず、現段階では、燃料電池は、家庭用電力の補助程度ということになるかと思います。

ただ、将来の家庭用電源として、全面的な燃料電池への切り替えへの、貴重な一歩を踏み出したことになるのかもしれません。

  1. 燃料は水素? 水素はどこから?

電池の方が、熱力学的に優位で、酸水素の燃料電池の排気ガスは、確かに水だけかもしれないけれど、水素をどこから取るかが大問題です。

今の段階では、水素源は、結局、炭化水素です。メタンは、炭素分に比較して水素分が多いことから、単位エネルギーの発生量当たりの二酸化炭素の排出が少なく、炭化水素の中では、水素源に最適です。

現在市販の家庭用の燃料電池は、インフラ整備の点でも一番楽なこともあり、主成分メタンの都市ガスが利用されています。

新聞紙上では、さかんに燃料電池がクリーンだと書き立てますが、炭化水素を水素源にするかぎり、水素を作るのに部分酸化か水蒸気改質か、どんな方法をとっても、どこかで二酸化炭素が出ます。

水素を各家庭に供給して、燃料電池で発電ということになったとしても、家庭に送る水素を何から作るのかという問題はかわりません。

水素源を水にして電解で水素を作れば、二酸化炭素の放出は完全にとめることが出来ます。

原子力発電の電力をつかって、水の電解で水素を作りますか。電力会社とガス会社は協力して、電気を送る代わりに、電解水素を送ることになるのでしょうか。

都市ガス用の配管そのままで、水素を送って大丈夫でしょうか。

水素ガス自体は、軽くて、拡散してしまうので、思ったほど危険ではないらしいですが、金属部分の水素脆化はどうでしょうか。

炭素も資源としては豊富だとされています。炭素を燃料とする電池も提案されているようですが、二酸化炭素の処理はどうするのか不明です。

  1. 車のエンジンは?
     

 

最近のガソリン高騰のためか、ディーゼル車が見直されているようで、経済産業省が、新規購入者に補助金を出すと泥縄式に決めたようです。

メーカーもディーゼルエンジンで問題となる排気ガスに対策を施した車を売り出したりしています。

現在、車載エンジンで、ディーゼルサイクルが、最も、カルノーサイクルに近いことは、熱力学を履修した人間なら知っているはずで、省資源、省エネルギーの立場から、もっと早く行政が手を打つべきだったのです。


トヨタ自動車ホームページより

 

二酸化炭素の放出を考慮すると、水素を燃やすエンジンの可能性も残るでしょうか。電動にするとして、燃料電池ですか、それとも普通の蓄電池ですか。

白金など、触媒の金属が高価すぎる上、値段が近年異常に高騰していることなどから、全面的に燃料電池に頼る車の実現は、かなり遠のいたともいわれています。

車載のエンジンだけは、既に何年か前から、二酸化炭素を放出する熱機関をやめる方向に向かっています。

現在のハイブリッド車は、既に、車の駆動エネルギーの何割かは、熱機関に頼ることをやめています。次はディーゼルエンジンとのハイブリッドでしょうか。これは、燃費の点でお勧めかもしれません。

近い将来、自家用車は、家庭でも充電できるバッテリーで動くことになるかもしれません。ガソリン代の代わりに電気代をはらうことになりますが、ガソリンの値段が上がったら、電気の方が安くなることもある? 

車の駆動については、エネルギー変換効率の改善よりも、二酸化炭素の放出を止めることが優先すべきかもしれません。

ヨーロッパでは、小さな街でも、市その他の自治体が、採算を度外視して、安い料金で利用出来る路面電車を走らせたりしていて、車そのものを減らそうとしているように見受けられます。

  1. むすび

エネルギー変換効率について、燃料電池と熱機関との比較を丁寧に解説した記事があまりなかったようだったので、かくなる駄文を書いてしまいました。

才萩会会員の皆様には、釈迦に説法だっただろうと思います。燃料電池については、どなたか今後の見通しとか補足とかをお願いします。意見も聞かせてください。

いくつかの数字が出てきていますが、論文を書くときと違って、出典も詮索吟味していませんので、数字が出てきた根拠、途中の計算過程など詳細は不明です。そのつもりで読んで下さい。