梅垣 高士

準結晶(quasicrystal)の価値

本年10月のさんすい会で、今年のノーベル化学賞の受賞の対象となった準結晶が話題になりました。

私が、無機材料をやっていたこともあって、結晶との相違に興味をもっていましたし、大学低学年学生対象で、結晶学の初歩の講義をしていたこともあり、関連する資料などを多少持ち合わせていましたので、準結晶について、ごく簡単に解説しました。

会は、その解説をネタに、準結晶が科学または化学の分野での注目すべき発見であったのかどうか、あるいは材料としての可能性などで評価できるものなのかどうかをめぐって、少なからず盛り上がりました。

準結晶について、簡単に解説するとともに、ノーベル賞の評価に対する私の考えを紹介したいと思います。

アルミニウム・パラジウム・マンガン
(Al-Pd-Mn)合金の準結晶の原子配列
ホルミウム・マグネシウム・亜鉛(Ho-Mg-Zn)
合金の準結晶により生成された
正十二面体(正二十面体の双対多面体)
  (ウィキペディアより)

1 準結晶の発見

1984年、ダニエル・シェヒトマンによって液体状態から急冷したAl-Mn合金から発見されました。

初期に発見された準結晶は不安定であり、熱を加えると、より安定な結晶相が析出してしまっていましたが、東北大金属材料研究所(当時)の蔡安邦(台湾出身)らによって、Al-Cu-Fe系(1987年)やAl-Ni-Co系(1989年)で、比較的安定な準結晶が次々と発見されました。

それら準結晶の構造などの詳細は不明ですが、数だけなら、最初の発見者より、多かったようですけど、今回のノーベル化学賞は、シェヒトマンの単独受賞でした。

注:安谷屋武史君提供資料1および資料2参照(下線付き青字をクリック)

2 準結晶と結晶との相違

思い返してみますと、才萩会のメンバーに近い年代では、どこの大学でも工学部化学系のカリキュラムでは、固体の原子配列に関する、本格的な講義は、あまりなかったんだろうと思います。

私自身は、油井先生の物理化学の講義の中に結晶の話があったような気がしたんですが、聞いたという記憶がある人は少なそうです。

ですので、準結晶について紹介する前に、どうしても、結晶について、ちょっと書いておく必要があるかと思いました。
 
結晶学の始まりは、1669年、コペンハーゲンの解剖学の教授で、司教のニールス・ステンセンによる「面角一定の法則」の発見だとされています。

これは、私の勝手な想像ですけど、趣味かなんかで、きれいな形をした石を蒐集していて、あるとき、分類でもしようと思って眺めていたのか、一見全く、外形が異なる複数の石でも、ある特定の二つの表面に法線を立ててみたところ、法線のなす角度が、全く同じものがあることを見つけ出したのだと思います。

この発見で、外形が著しく異なる石でも、同じ種類の石だと分類できるようになったのだと思います。

この発見をきっかけに、結晶の外形と結晶内部の原子配列との関係に興味がもたれるようになり、最終的にはX線回折の技術と電子計算機の進歩で、今日のような結晶学となり得たのだ思います。

固体の構造を分類する際、最も大雑把な分け方は、結晶と非結晶です。結晶とされた物質は、構造の解析法が確立していて、7つの結晶系、14個のブラーベ格子から始まって、最大230個の結晶の基本的な構造が考えられています。

この230のうちのどれでも、その内の一つの基本的構造単位を取り出して、その一種類の構造単位の原子の集団だけでレンガのようにつんでゆくと、三次元空間を隙間なく埋めることができます。

現在、結晶構造が確定して、粉末X線回折パターンとして、国際的に認められたデータベースに収められたものが、100万以上ありますが、230種のうちのどれかに相当します。

非結晶あるいは非晶質の方は、分子レベルまでは、一定の対称性が保たれていても、固体内の広い範囲では、ランダムな原子配列の構造が特徴です。

たとえば、石英では、一個のSi原子と四個の酸素原子とが形成する四面体は、結晶でも、ガラスでも、それほど大きな相違はありません。

非結晶は、ガラスとかゲルとか、いくつかのグループ分けは可能ですが、結晶のような系統的あるいは組織的な分類はありません。

ガラスについては、村上先生の講義で、「ガラス工学」(成瀬省著)(共立出版)を紹介されてちらっと見たように思いますけど、これも、多分記憶している人はいないかもしれません。

なお、非晶金属のことを金属ガラスと表現している場合があるのですが、無機材料、高分子材料を扱っている人間には、若干、抵抗があります。

ガラス転移と呼ばれる相転移がある物質だけをガラスと呼ぶべきだと思ってる人種もすくなくないはずです。私もその一人です。

準結晶については、理化学辞典(岩波書店)では、第三版までは、記載がなく、第四版(1989年)では、下記のようになっています。

Al6Mnあるいはそれに類似の組成の合金を融液から急冷すると、鮮明な10回対称の電子線回折像を示すかなり安定な構造が得られることがある。

これは5回軸の構造を持つことを意味し、通常の結晶学上の対称性とは相容れない。20面体(icosahedron)のような原子配列だけを持つ単位格子として並進的に空間を埋め尽くすことは出来ないからである。

高分解能の電子顕微鏡像では、5方向に走る直線的原子像が見られるが、各軸に沿う原子配置の周期性は見出し難い。

このような物質を準結晶と呼び、その構造は二種類の特定の四辺形を要素として局所的5回対称を持たせながら平面を埋め尽くすペンローズ図形(Penrose pattern)を数学的に延長することにより考えられている。

Ni−Cr合金の微粒子が12回対称の回折像を示すなど、ほかにも結晶群によって記述されない構造がある。

準結晶を結晶に分類することができない理由は、明白で、上述の230種類の結晶の基本構造のなかに、5回対称を持つ部分が存在しないことです。

非結晶の範疇に入れることができないのは、2種類の特定の4辺形の存在から、全くランダムな構造ともいえないということだと思います。

ところで、フラーレンは、5回対称の部分が存在しますが、炭素原子が集合した3次元的な構造になると、面心立方や単純立方などの結晶に分類される配置をとります。分子あるいは原子クラスターのレベルでは、5回対称は、別に珍しいものではありません。 

3 準結晶とペンローズ図形との関係

1970年代、イギリスの物理学者ロジャー・ペンローズが、五回対称を含む、図形で、平面を隙間なく埋めることができる図形を考案しました。その後、アラブの建築の模様の中に、ペンローズ図形と同種の模様が発見されています。

準結晶の原子配置に関しては、私自身、直接、ノーベル賞対象の仕事の論文に接する機会がなかったので、最初に見つかった準結晶の構造の詳細などは、不明です。

しかし、理化学辞典の記述にある通り、ペンローズ図形は、二次元ですが、五回対称がふくまれ、3次元の準結晶でも、同じような形で、空間を埋めているのだろうと考えられています。

下にペンローズ図形をしめしましたが、図の真ん中付近に四辺形が5個、星状になっている部分が五回対称です。

四辺形が五個で形成されていますが、必ずしも四辺形でなくてもよく、全く同じ図形を五個配置すれば、5回対称となり得ます。すなわち、その図形を360度回転させたときに、5回同じ図形が出てくれば5回対称です。

4 準結晶発見の学術的な意味

今まで、準結晶の「合成」ではなくて、「発見」という言葉をつかってきました。

これまた、全く私の勝手な想像ですが、最初から、準結晶を作ろうと思ったのではなく、非晶質合金を狙っていた実験の生成物の中から、偶然、見つかったのではないかとも思われるので、「合成」より「発見」とするのが適当ではないかと思うのですが、どうでしょうか。

関係する論文を読んでいないので、準結晶の作成法、装置などの詳細については、わかりませんが、基本的には、溶融状態の金属の混合物を急冷して作成され、非晶金属の作成法と類似しているものと思われます。

金属の急冷法の最も一般的なのは、冷却された二つのローラーの隙間に溶融金属を流しこむやり方です。

今回のノーベル化学賞の受賞者よりも、前出の、蔡安邦の方が、多種の準結晶を作ったとされていますが、非晶金属の実用化に貢献した、東北大学金属材料研究所の蓄積した知識と装置などのノウハウが役に立ったのかもしれません。

非晶金属材料については、最近では、そんなに滅茶苦茶に急冷しなくても、非晶化する条件が知られるようになり、薄膜とかリボン状だけでなく、少し大きい材料もつくられて、実用化されているものも少なくありません。

合金も含め金属材料は、通常、無数の結晶の集合体なので、材料中の結晶粒界の存在が、腐食とか、脆性破壊などを引き起こしますが、金属を非晶質化すると、それらを避けることが出来ます。物性として、軟磁性が注目されており、材料として評価されています。

一方、準結晶については、固体物理的な研究では、電子的な構造についても興味がもたれているようですが、私自身がその分野の知識がないので、現在進行中の研究成果を評価することはできません。

準結晶の材料としての可能性などについては、今のところ、不明です。ある程度大きな準結晶が得られないと、材料としての評価も不可能かと思います。

結局、現時点では、準結晶の発見は、従来の結晶学の常識を破ったものを見つけたという点が、ノーベル賞として評価された業績とされたということにつきるかと思われます。

5 ノーベル賞としての評価

写真でX線回折像をとり、我々の学部四年の頃、研究室にもあったような手動計算機を使っていた時代には、一つの結晶の構造決定に、何年もかかることがあって、構造決定だけの仕事でも、十分、学位論文になりました。

現在では、結晶構造の解析は、大型電子計算機と連動する四軸X線回折計で、自動化されていて、適当な単結晶さえ得られれば、五十年くらい前には、信じ難いような何日とか何時間といった短時間で、構造解析が可能です。したがって、構造解析だけが目的の研究は、少なくなっています。

しかし、無機材料その他多くの分野の研究開発には、扱う物質の結晶構造の知識は、不可欠であって、既存の結晶学の常識を破る、準結晶が発見されたからといって、そのために、これまでの結晶学の成果や今後も得られる結晶構造に関する情報の有用性がかわるものではありません。

今までと変わらず、多くの材料の研究者は、有機化合物、無機化合物を問わず、結晶構造を念頭において、新しい材料の研究を進めていくものと思います。

以下は、全く私の個人的な意見です。

準結晶については、もう少し多くの準結晶が発見あるいは合成され、物性なども明らかになって欲しいと思いますし、材料としても興味あるものが見つかってからのノーベル賞でもよかったのではないかとも思います。

特に、近年のノーベル賞は、社会への貢献の度合いも、考慮されている場合が多いようですので、準結晶も材料としての評価が必要とも思います。
 
数多くの準結晶を作った蔡安邦の仕事については、もっと評価されるべきで、共同受賞でもよかったと考える人も少なくはないのではないかと思います。

とにかく、若干、疑問が残ったノーベル化学賞ではなかったかなとも思うのが、結論です。 

注:安谷屋武史君提供資料1および資料2参照(下線付き青字をクリック)

6 おわりに

我々の年代の学部の頃は、無機材料といえば、セメントとか耐火物のイメージで、その分野の専門家以外は、結晶学の知識は、それほど必要なかっただろうと思われます。

それで、準結晶の紹介であるのに、結晶については、かなりのスペースを使って、初歩的な話をかいてしまいました。

私自身、無機質固体を取り扱うようになってから、結晶構造の知識が必要となったのですが、本格的に勉強したわけでなく、専門家とは程遠いレベルです。どなたか、おかしいと思われたところがあれば、是非、指摘してください。

ガラス転移、結晶粒界など、若干説明を要する術語いくつかを解説なしに使いました。説明を加えるためには、相当なスペースやイラストが必要になりますので、省略させてもらいました。申し訳ないですが、物理化学関係の参考書や理化学辞典などを参照して下さい。

なお、「さんすい会」では、毎月一回、第四月曜日の午後に、大船で、主として湘南在住の才萩会メンバーが、多い時には、10名くらいで、常時、数名集まっています。

金井君に全面的にお世話になっています。私が出るようになったのは、定年退職後だと思いますが、その前から、かなり永くつづいていたようです。詳しくは、金井君に尋ねてください。

(2011.11.11)


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