サカタン

江戸時代や明治初期のものを読む中で、最近「料理物語」という江戸時代初期の本を読みました。

食材と調理法からなっていますが、食材としては水産動物 90種、植物 113種と共に、鳥類 18種、獣類 7種が書かれています。

私が注目したのは獣類で、鹿、狸、猪、兎、獺(かわうそ)、熊、犬が挙がっています。

日本人は猟師を除いては獣類を食べることを忌み嫌っていた、というのが私の固定観念になっていましたが、この本にある料理などをみると意外なことに「ゲテもの食」ではなく、一般的な町民・武士が食べていたものだと思われます。

これに対し、昆虫(私が昔さんざんお世話になったイナゴや蚕のさなぎ、蜂の子等)や蛇、蛙、沢蟹、ねずみなど、農山村民が食べていたと思われるものが見られませんが、これらは「料理」の名に価しない下等な食材と看做されていたのでしょう。

私の感覚としては、この中で鹿、猪、兎には違和感がありません。狸、獺(現在は乱獲で絶滅)、熊はよく分からないけど、不味くなければ食べていたんでしょうという感じで読みました。

引っかかるのは犬です。馬、牛と並んで日本人は食べなかったと思いきや、天武天皇が労役を担う馬・牛、時を告げる鶏、人間に似た猿と並んで家を守る犬食を禁じた(つまりそれまでは食べていた)と言う話があります。

また、武士が狩猟に似た遊戯の獲物として盛んに食べたとか、宣教師のルイス・フロイスが「日本人は牛は食べないが犬を食べる」と著作に書いたという話もあります。

江戸時代では、「私たちが若い頃は江戸の町では犬は稀にしか見ませんでした。これは武家、町方ともに下々の食べ物として犬に勝るものはないと言う事で、特に冬になると見掛け次第打殺し賞味したためです。」との記述が見られ、江戸の柳原土手には犬鍋茶屋が軒を連ねていたそうです。

江戸時代のこの「料理物語」では「吸物」と「貝焼き」(鍋料理)にするとあります。

小説では「飼い犬を盗んで食った」という場面も見ますが、おそらく食べる対象は野犬か、食用向けに飼われていた犬だったのでしょう。

では、その後犬食が途絶えたのは何時からで、きっかけは何だったか疑問が残ります。勿論、戦中戦後の食糧難時代には犬も犠牲になったようです。

実は、私も高校生時代に一度だけ犬を食べたことがあります。プールで溺死していた犬を、鯨肉の代わりに仲間と肉めしに仕立てたのですが、犬だとは言わずに食わせた宿直の数学教師が「うまい、うまい」と喜んで、種明かしをしても平然としていた記憶があります。

読み進んでみて、狸には吃驚しました。調理法に「狸汁」があり、「野はしりは皮をはぐ、みたぬきはやきはぎよし。味噌汁にて仕立候。(後略)」とあります。つまり、狸には「野はしり」と「みたぬき」の2種類がある、前者は皮を剥ぐが、後者は剥がずに焼いて皮を除く、ということです。

調べてみて合点がゆきました。「野はしり」は狸、「みたぬき」はアナグマでした。

江戸時代にはアナグマは狸と呼ばれており、一般に食べられていたのはこちらの方だった、何故なら本物の狸は臭くて食べられない(季節を選んで香辛料を利かせてやっと食べられる)、近年に狸を食べてみた人も「臭くて食べられない」と書いています。

狸の価値は高級な毛皮で、数年前、中国の毛皮業者が狸の皮を生きたまま、順番待ちの狸の目の前で剥いでいるということで、西欧の動物愛護家の非難を浴びていました。生きたまま剥げば毛皮の血液を凝固しないうちに除けて品質が確保しやすいからのようです。

反対に、アナグマの毛皮は全く価値がないようで、剥ぐより丸焼きにした方が手間が省ける、肉(身)を利用するから「みたぬき」だろう、ということで納得しました。

獣食は仏教の影響で禁忌とされていたものの、「家畜は食用にしてはならないが、狩猟で得たものは食用にしてもよい。」という考えが次第に定着したそうです。

もっとも、鳥にくらべて遠慮があったようで、兎を一羽二羽と数えるのは獣ではなく鳥の仲間に入れて心理的な抵抗を緩めたのが由来とか。

典型的な家畜である馬ですが、江戸時代の戸籍簿である宗門人別帳には、女房は名前抜きで「女房◯才」としか書かれていないものがあるのに、馬は家族並みに「馬一疋」と書かれたものもあります。

諸規則を書いた「五人組帳前書」には、粗末な馬の扱いを固く禁じる項目があり、食用にするなどは重罪ものだったと思われます。

しかし、古代から良馬の産地として知られた東北地方でも、流石に飢饉の際には止むに已まれず食べた記録があるとのことです。

食用ではありませんが、皮革としては古来柔らかい鹿皮が好まれ、馬が盛んに用いられるようになったのは19世紀に軍用装備の需要が高まってから、つまり、それまでは死んだ馬は皮革業者が利用する場合もあったが、そのまま指定の場所に葬られる場合の方が圧倒的に多かったようです。

「料理物語」には興味を惹かれる調味料や料理があります。いくつかそのうちに試してみたいとは考えていますが、昔々6年余の自炊生活で培った料理マインドがすっかり劣化し、台所との「心理的距離」が遠くなった今、自分のことながら当てにはなりません。