251028
才萩会への出席に拘わらず、会員各位の近況連絡です。連絡到着順に表示してあります。
ハンドルを登録しておられる方は、ハンドルで表示していますが、念のため、姓をローマ字で付記しました。
多くの会員が体調の変化を経験されながら生活していることに改めて驚かされます。
宝沢光紀
おかげさまで、無事に暮らしております。
息子と娘は独立し、夫婦二人の生活です。仕事が遅くなり、二人で家事をこなすのが精一杯の毎日です。
趣味の農作業も今年は暑くて外に出られず、水やりが大変でした。雑草は茂るにまかせています。きゅうりとミニトマトは種から育てていますが、なすとピーマン、パプリカは 近所の八百屋さんから苗を買っております。今年は気候のせいかきゅうりの害虫のウリハムシ大発生し、葉が穴だらけとなりました。
もう一つの趣味のリコーダーは細々と続けております。学生時代にはギターも練習していたのですが、やっと弾ける段階になったところで上から重量物を落として胴板を壊してしまい、諦めてしまっていました。最近になって知人から中古のギターを譲り受け、再挑戦しております。若い時のように指は動きませんが弾き歌いできるようにならないかと思っています。
社会参加ですが、月1回は認知症とその家族のための地域のオレンジカフェのお手伝いをしています。
体調ですが、不整脈があり、通風や帯状疱疹なども経験しました。何れも経過観察の状態です。
以上ご報告まで。
アカナイ[kanai]
厳しい夏でした。9月に入っても猛暑が続いています。クーラーの下での在宅生活です。私は、大動脈解離と圧迫骨折の影響でQOLが低下し、3年前に家内が市(神奈川県逗子市)の高齢介護課に相談に行ったところ、要介護認定申請を勧められました。手順は以下のとおりでした。
家内が市役所の窓口に申請書を提出→ 申請後、市の担当職員が来宅し、約2時間心身の状態について聞き取り調査(認定調査)を実施→ 同時に、かかりつけ医が申請者の心身の状況に関する意見書(主治医意見書)を作成提出→ 市において上記データをコンピューター処理して全国一律の方法での要介護度が「一次判定」され→ その一次判定の結果、福祉・保健・医療の専門家で構成される市の介護認定審査会において要介護度の「二次判定」がなされ→ その結果に基づき、市が要介護を認定決定し、結果が通知されました。私の場合、申請から結果通知まで約2ヶ月でした。
介護認定は、「要支援1・2、要介護1~5の7段階と非該当」になり、私は「要介護2」でした。その後、1年毎に更新手続きが要求されています。
毎月、担当のケアマネージャーの訪問があり、生活に関するアドバイスがあります。自動電動ベッドの借用、通院時の介護タクシー利用等活用しています。国の財源が気になりますが、個人的にはありがたい制度です。
日々は、知力低下に抵抗しつつ、老化を受け入れ、介護度が悪化しないように生活しています。
朝の散歩はようやく1,000歩程度ですが、涼しくなったら2,000歩を目指したいと思っています。
サカタン[sakai]
私の近況は、他の3君と共に、7月27日付でホームページに掲載されています。今回はそれとは別の話です。
旦那寺の前住職が、最近、矢嶋 力「インパール作戦 コヒマ三叉路の死闘」という冊子を送ってくれました。インパール作戦で生き残り、約2年間の捕虜収容所生活を経て帰国した人の著作です。著者の小隊30数名3ケ分隊のうち、2ケ分隊は前線で全滅、敗走・転戦を経て帰国は数名だったようです。
その詳細は別として、移送された各地の捕虜収容所にあった日本兵の掲示をチリ紙に書き留めてきたものがあります。沢山の中からほんの数点だけ紹介します。
自動小銃抱きて行き交う敵みつつ命なき吾は撃つすべもなし
肉攻前の命終らざるに渡辺は壕飛び出しぬ破壊爆雷抱きて
敵戦闘部隊退き行けば傷つきし友を抱きて夕暮れを待つ
玉砕の逓伝来り壕ぬちに安全栓を抜きて身構う
断頭の台に進みて君が代の彌え壽ぎて心澄みけり
刀折れ矢は盡き果てぬ今はただ心静かに散るを待ちなむ
散りかねてこの元朝も柵の中
故郷の社頭に拝む初詣老いにし母の誰と行くらむ
おのおのの妻の名をもて呼ばれいる仔犬今宵は鳴かで眠れり
作業場に日本兵を送る印度兵の瞼に涙の光るを見たり
戦い敗れたり
深沈たる冷気は廃屋を包み
滔々たる流れは岸を打つ
月ただ白く涙ぼうだとして頬を伝う
大命ここにあり我等またなにおか言わん
されど尚大旌は我が頭上に掲げられたり
我等の理念は正し
我等の闘魂尚胸に炎々たり
聞け東亜の天地に起る解放の叫びを
比島に 東印度に 仏印に 印度に
はたまたビルマに (後略)
私の父は潰走中に飢えとマラリヤで脱落した(所謂白骨街道で)とのことで、私もDNAの寄託をしています。
ミャンマー(ビルマ)での日本軍の戦死者は約16万人、英印軍の死者は約4万人。 巻き添えを喰らったミャンマー人の死者は100万人に及ぶかと言われているようです。
以上、戦後80年、近況に替え紹介する次第です。
松田悠子
近況報告をということですが、今年のこの暑さ、家でぐうたらぐうたらの代わり映えのしない毎日で、何を報告しようかと迷っています。
強いて言えば、テレビ、ラジオ、電話、ネコを相手に日を送っているといったところでしょうか。
それでも一応お盆休みの頃に、長女夫婦に誘われて長野まで出かけてきました。初めて諏訪大社を参詣しましたが、大社がそれぞれ離れた四ヶ所の宮々から成り立っていることを初めて知りました。白樺湖奥の標高1500メートル付近の気温は22度位、束の間の避暑気分を楽しみました。
奥蓼科でキベリタテハという美しい蝶に出会ったときは子供のように嬉しかったです。
先日、大島玲子さんご逝去の報のメールが入り、とても寂しく悲しい驚きに陥りました。ご主人そしてお嬢様のお悲しみはいかばかりかと思いやるばかりです。
思えば大学時代、同性がいなかった教養部から本部に移り、クラスメートに玲子さんがいらっしゃることを知ったときの嬉しさそしてほっとした気持ちは男性方には想像できないでしょうね。
天笠研でもご一緒で、同じ研究室仲間と共に楽しい大学生活を送れたのも傍らに玲子さんが寄り添っていてくれたおかげと今も感謝しております。
玲子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
鮎川宣博
鮎川です。昨年の例会には出席できなくて残念でしたが今年もスケジュールが合わず欠席せざるをえません!
私事ですが、前立腺癌と膀胱癌にかかり福岡日赤病院に3ヶ月に1回通っています。9年前の脳梗塞は殆ど治癒していますが脳神経外科に毎月1回、内科胃腸科に月1回、今日は眼科、明日は皮膚科や整形外科にと診察券で花札遊びが出来そうです(笑)。
前立腺癌は手術をする*しない等とかって才萩会で随分議論が沸騰しましたが、ホルモン調整剤の注射と飲薬でPSA値が17, 5から0, 008(検出限界)以下まで下がったので手術は止めました。後は癌か?寿命か?運に任せて楽しく過ごして行こうと思っています。
クロマティックハーモニカは、月2回教室に通っています。練習をサボってばかりいるのでチットも上達しませんが、教室の後に近くのライブハウスで皆んなとワイワイやるのが楽しみです。
福岡市に”ひよこ会“と言う名で登録してあって、老人ホームやデイサービスセンター等から引く手あまたで月1〜2回ボランティアでハーモニカを吹きに行っています。歳をとってこちら側がサービスして貰いたい位ですが、皆さんが楽しく唄ってるのを見るとこれもありかな?と思ったりしています。
皆さん!まだまだ元気で頑張りましょう!!
池田幸男
せっかくの機会ですので、「近況(?)報告的なもの」を少々。
富山に赴任したのは、もう約30年以上前。会社の住居の提案は、富山駅近くの、当時としては近代的な「マンション」。富山まで来て、そんなところには住みたくない。自分で探すと---。
ということで、当時は岐阜に通じる国道の整備が済んだばかりで、まだまだ発展が始まってもいない富山市南部の貸家。(アピタ、とダイエーは既に徒歩圏で営業中)当時は、その貸家と道路を挟んだ向かいの住宅メーカーのモデルハウスが「田んぼの中の2軒屋」状態。
そうこうしているうちに、向かいの家に不動産屋が出入りして、なんか怪しげな感じ。聞けば、家の事情で売りに出すとのこと。「即金〇千万でどうだ----」 「OK」 で、即決。 ということで、富山永住が決まった!
最近は、次々周辺の田んぼがつぶされて、店ができたり3階建てのマンションができたりしているけど、幸い東と南の田んぼが100mくらい健在なので、「まァしょうがないかという感じ。
山好きは、中学生位からだけど、冬のかんじきハイキングの手軽さや劔・立山・薬師・おまけに白馬までパソコンから目を離して窓の方を見ると見えるということに、満足している。
山とは関係ないけど、近所の人の休耕田の一部を借りての「畑遊び」も、正直なところだんだんきつくなってきた。
以上が富山に住み着いた経緯と、現状報告の一部です。
そんなノンビリ生活をしていると、またコロナが流行っているらしい東京の人込みには、どうしても足が向きません。 (怪しげなコロナワクチンは、1回も打ったことがありません)
地球規模の気象の温暖化(ならぬ狂暴化!)、今後円安はどこまで進む?、日本の少子高齢化は、外国人労働者で解決できるのか、リニア新幹線は何のために?などなど、興味のあるテーマもあるので、気が向いたときには投稿するかもしれません。
奥脇昭嗣
皆様に、お会いして、お話したいのですが、2年ほど前から、体調不良、4月中旬には、入院手術、各所の痛みがやっと治まってきた
ところです。
白井信二
小生緑内障進行で一人での遠出は難しくなり、案内頂いた才萩会は参加できません。日常生活は猛暑に耐えて何とか過ごしています。
金子忠次
何とか元気でやっております。
才萩会の案内を頂き、出席したいと思いましたが、1週間前の10月10日から家族で箱根に旅行することが決まっておりまして、10月17日は参加を断念します。(九州に帰ってからまた直ぐに上京しなければならない!)
1週間前だったら家族旅行の初日が東京泊ですので参加できたのに、実に残念です。来年もしあれば(からだも元気だったら)是非参加
佐藤雅男
才萩会例会の案内をいただきましたが、妻がステージ4のがんを患っていて、通院しながら在宅療養中のため、長時間の外出は差支えがあるので、昨年の欠席に続き今年も欠席の意向です。
私自身は健康寿命にかかわるような病気や障害はないですが、病院にはよく出かけます。現役の時から悩まされた膝と腰については、予防的措置として、ストレッチを日課にしています。
佐藤英二
10月17日の才萩会は欠席します。元気にしています。
浦田博明
健康上欠席せせてください。
yozo[kitagawa]
家内と二人、平凡な日常生活を送っています。3年ほど前に腰の激しい痛みが出て、3カ月入院しました。多発性骨髄腫と診断され、以来、通院して抗がん剤治療を受けています。そんな半病人生活ですが、日常生活は普通に送っています。
40代半ばに、日本合成ゴムの子会社に転勤になり、御殿場で10年ほど過ごしました。その時に太極拳の師匠に出会い、そこで学んだ太極拳を、現在住んでいる地元で指導して、ほぼ30年になります。毎朝、近所の公園に大勢の仲間が、集まり、太極拳を楽しんでいます。これが、一日の始まりです。
日中は、読書したり、川柳を詠んだりして、過ごしています。川柳に関しては、才萩会ホ-ムページに ”川柳に遊ぶ” というタイトルで(その1)から(その6)まで載せていただいていますが、あんな調子で、楽しんでいます。
元々酒好きなので、晩酌は若い頃から、殆ど欠かさずに、やっていますが、2年程前から、昼酒も少しだけやるようになりました。青空を眺めながら、ちびりちびりやる昼酒は実に美味いですね。そんな時、一句詠みました∶
昼酒で 生きる幸せ 沁みわたる
そんなこんなで、老妻と毎日を過ごしています。
佐久間 昭
- 「才萩会ホームページ保存」のメール届きました。ご提案に賛同します。gonegagaさん、アカナイさんの特別なご尽力により、才萩会会員が共有を図り近況を伝え合うことが出来たのもホームページのお陰と感謝いたします。
私の才萩会以外の会員連絡網は80歳を機にほとんど消滅しました。極力無理のない運営でよろしくお願いします。
- 創設に関わったヨウ素学会主催で8月に「第28回シンポジウム」が開催されました。今回のトピックスは世界的に注目されている「ペロブスカイト太陽電池の実装研究」および従来の超原子価ヨウ素化学に加えて国際シンポ等で発表が増えているハロゲン結合の成果が目立ちました。
来年には国内のハロゲン関連学会(日本フッ素化学会、ヨウ素学会、臭素化学懇話会)が一堂に会して初めて「ハロゲンシンポジウム」の開催が予定されています。
- 定年退職後のライフプランを思う
秋元秀敏
今年初めに心臓の手術を受け、自宅療養しています。持病の肺炎の通院は継続しており、薬の副作用で、紫外線に対して皮膚が過敏に反応してしまうので、可能な限り日光に当たらないように気を付けています。
先日、紫外線カット対応の眼鏡を新調しました。
日焼け止めや紫外線対策グッズを活用しながら日々過ごしています。今回は残念ながら欠席しますが、盛会をお祈りします。
シラサギ[sagi]
10月に86歳を迎える私の最近の日常生活は、朝5時ごろ起きて畑仕事を1時間から2時間、その後朝食をとり、NHKの朝ドラ、再放送を含めて2つのドラマを毎日見て、日中も雑事をしながらテレビを見るというパターンが多くあります。以下にもう少し詳しく記述します。
- 野菜作り
家の前に畑があり、いろいろの野菜を作っています。畑を6区画に分けて、連作障害を避けるための5か年耕作計画(笑)の類を作って楽しんでいます。ナスの季節ならナス尽くし、きゅうりの季節ならきゅうり尽くしの食卓になっています。中でも採れたての枝豆でビールを飲むのは最高です。
- テレビを観ること
テレビ観戦の一つのパターンは、朝NHKの朝ドラと再放送の昔の朝ドラを見ること、次いでメジャーリーグの野球観戦、その後大相撲があれば15時ごろから18時まで相撲観戦。その他はドキュメント番組、スポーツ観戦や面白そうなドラマを観るというものです
- 健康のこと
(1)大きな健康上の問題としては、2021年に前立腺がんが判明し、福島県郡山市にある南東北病院で陽子線照射とホルモン療法の治療を受けました。すべての治療が2023年9月で終わり、現在経過観察中です。現在腫瘍マーカーPSAも低く再発の兆候は見られません。
(2)年齢と共に足腰の衰えを感じて、何とかしなければという思いでいます。歩くこと、筋肉衰えを防ぐ運動など、何かしなければと・・・・
(3)食事的に意識していることは、毎日納豆、豆腐、ヨーグルトを食べるようにしています。野菜は自家栽培のものもあるし結構食べているつもりです。
- その他
「NPO法人 リスクセンス研究会」活動への関わり
2007年からLCB研究会なる産官学の有志メンバーによる研究会に参加し、企業や組織の事故・不祥事はなぜ起こるのかというテーマで過去の事例を解析し、その要因を11項目に絞りました。
その11項目がどうなっているかをチェックすればその組織が事故を起こしやすいかどうかの診断が出来るという「組織行動と組織の健全性診断(LCB式組織の健康診断)」を開発しました。
2011年9月にこれらの研究成果の普及のために「NPO法人リスクセンス研究会」を設立し、LCB式組織の健康診断を使った「リスクセンス検定®」を世の中の企業を対象に実施し始めました。
このNPO法人は現在東京大学名誉教授 新井充先生を理事長に、私も設立以来理事の一員として活発な活動を行ってきました。
しかし、新型コロナ流行を機に理事を退任し現在は顧問の立場で少しですが関わっている状況です。
生活全般のこと
2011年の3.11及び4.11東日本大震災において、我が家は全壊し家の庭や周辺では地面から水が噴き出す大変な状況でした。家を新しく建てて長男一家と2世帯住宅という形で生活をしております。
家族の健康面では、家内の体調が万全でないという問題はありますが二人で年齢相応の無理のない生活を心がけております。車の運転もまだしており、来年の免許更新をするかしないかこれからの大問題です。田舎の生活のため、買い物や医者通いのために車の運転は必須であると思っています。
以上
ノーサン[kubota]
「丈夫で長持ち」が取り柄の私ですが、今年の人間ドックで大腸がんが見つかり9月に手術を受けました。以下その顛末を報告します。
今年も体調良好で、週2回スポーツジム、月1ゴルフ、旅行は2月に小笠原諸島、4月には京都へ花見、5月に伊那でクラス会、6/29~7/2大阪万博と大変順調でした。
ところが、7月の人間ドックで大腸がんの疑いありと言われ、8/7内視鏡検査を受けたところポリープ2個取って更にがんが見つかりました。
川口市立医療センターを紹介され8/29X線検査、心電図、心臓エコー、造影剤CTなどの検査を受けました。続いて9/1内視鏡検査、9/2に注腸、肺機能検査などを受け、後にして思えばこれらは手術に耐えられる体力があるかどうかのチェックでした。
この後、担当医師から病状と手術の内容の説明を受けました。妻と長男(脳神経外科医)も同席したのですが、この時誰一人手術する以外の治療法はないのかと疑問を挟む者がなく、手術を受けることに同意しました。
私自身85歳の老人のがんなんてそんなに早く進むものでもないし、術後のQOLを考えれば少し様子を見て3~6か月後に再検査という手はないだろうか?と頭には浮かんだのですが結局言い出せませんでした。
私の息子を含め外科医なんてのは「キルキルミチル」ですね。ともかく何枚かの承諾書にサインして、9/5入院、9/8手術と決まりました。
医者や看護婦から「凄く元気そう」、「足取りもしっかりしていてとても85歳には見えない」などとおだてられ、私も出征兵士の気分で手術に向かいました。
9時半頃から全身麻酔、初めての経験です(下半身麻酔は10数年前前立腺肥大の手術の時や今回の内視鏡検査で経験済み)あまりいい気持ちではありません。4時間半に及ぶ腹腔鏡下手術が終わり目が覚めた時、真っ先に妻の顔が目に飛び込んできました。何だかホットして助かったという気がしました。
その夜は、処置室の4人部屋に入れられたのですが、一人の爺さんが夜通し「痛い痛い」「○○子○○子」「早く早く」なんだかんだとわめいていたので全然眠れませんでした。早くクレームをつけるべきだった。
翌日からは一人部屋に戻ったので快適?でした。TVを見るのも電話も自由で、MLBの試合を見て大谷君を応援したり、土日はJRAに電話投票したりして過ごしました。しかし、こんな時は思考も冴えず成果は良くありません。
尿と便の管を付けられ、点滴の状態でスタンドをガラガラ押しながら病院内を毎日散歩しました。術後5日で管が抜去され、食事も重湯から始まりお粥になっていきました。結構美味しく感じました。幸い術後の経過も順調で9/16に退院出来ました。
暫くの間は頻便がひどく、1時間に2~3回トイレに駆け込むような状態でした。しかし出るのはほんの少しで気持よくありません。食事もいろいろ制限がありましたが、それでも日一日と快方に向かっています。
9/30退院2週間後の診察を受けてきましたが概ね順調のようです。医者曰く「術後の回復は、切った所にもよるし人それぞれです」と。当たり前だろう。ともかく切ってしまったのだから後悔せずに前向きに生きよう、早期発見・早期治療、快復順調で寿命も延びて万々歳となるようにこれからリハビリに努めようと思っています。
こんな時、悪いことは重なるものです。9/17田舎の兄嫁の弟が突然夜寝ているときに動脈瘤破裂で亡くなってしまったのです。享年83歳、正にPPKです。兄夫婦が日常お世話になっていた人でその落胆振りが目に浮かびます。
更に加えて、私の3歳上の兄が9/22早朝 食道静脈瘤破裂で急逝してしまいました。船橋市在住の兄は、腰の圧迫骨折のため市内の病院に入院していたところ9/12に突然吐血し、救急病院に搬送され輸血などの処置により意識も戻りICUで数日過ごし一般病棟に移されたのち、元の病院に戻ったそうです。そこで今度は静脈瘤破裂なんて、こんなこと病院で気付けなかったかと残念でなりません。
せめてもの慰めは、前日弟夫婦がお見舞いに行ってくれていたことです。25日通夜・26日告別式は無宗教家族葬でしたが、子供二人と孫7人と双方の親族30人くらいで厳粛の中にも明るい葬送でした。私は、念のためオムツパンツを穿いていきましたが問題ありませんでした。ただ精進落としの際にお酒が飲めないのと料理を少ししか食べられなかったのが残念でした。
今回の大腸がん手術のせいで、ゴルフコンペ2回キャンセル、11月の小豆島・淡路島旅行も取消しました。いつになったら元通り元気に活動できるようになるのか?今とても不安な気持ちでいます。単なる寿命ではなく健康寿命が大事だといわれています。QOLの回復に向けてリハビリに励むつもりです。
片岡俊樹
ここ何年も皆さんにお会いしていませんが、才萩会のHPは見ております。
近況です:
4年前に連れ合いが肺がんで亡くなって以来、おひとりさまでの暮らしです。(看病の期間狭窄症と診断)。通院、リハビリ、痛み止め 等々いろいろ対策して来ましたが、最近は歩いて5分のスーパー、郵便局、商店に行くのも困難な状況です。
車椅子代わりに電動三輪車で移動してます。自転車はこの症状のリハビリの手段にもなっており、歩けなくても自転車には乗れます。その他は年齢相応の持病多々ありますが、命に関わるような状況ではないので、なんとか介護保険のお世話になりながら生きています。
娘の家族がバスで来れるところに住んでいますので、もう少しひとり生活を続け、そのうち介護付き老人ホームか特養に入れれば、と思っています。
認知症のほうは近所の方や昔のテニス仲間からは「大丈夫だよ」と言われていますが娘達は心配してます。今時は徘徊老人になっても(歩けないから可能性は少ない)スマホで居場所が把握されているので安心です。朝晩の安心コール(LINEでおはよう、おやすみを連絡する)はさぼるとすぐに確認の電話が鳴るので、まあ心強いです。
ビールは毎日小缶1本、TVは囲碁、将棋、六角精児、ワイルドライフ、大相撲などを点けてますが、BGMみたいなもので図書館や地区センターから借りた本を読んで過ごしています。
以上です。
gonegaga(endoh)
1997年に早めに宮仕えから退き、ボランティア活動に参加したり、パソコンクラブを立ち上げたり、放送大学に、2019年まで、小学校入学から大学卒業までの年数よりも長い22年間も在籍し2回卒業したりしましたが、その後、これらの活動からすべて引退し、家に籠ることの多い生活となっています。
趣味と自慢できるようなものがなく、パソコンに向かうことが殆どの毎日です。パソコンで一体何をしているかというと、Windows付属のトランプ一人遊びゲームSolitaire5種と、無料英語講座を楽しんで1日数時間を費しております。
また、自己のホームページ作成やブログ制作、そして才萩会ホームページのWebマスターとして、皆さんの投稿をホームページに掲載しているのも、趣味的活動と言えるかもしれません。
ゲームは、上記SolitaireのひとつFreeccCellにはまっており、既に四半世紀を超えて遊んでいます。遊んだゲームは、10万ゲームを超えました。Windows付属のFree Cellは難度が4段階ありますが、最高難度のエキスパートレベルしかやりません。勝率は現在99.9%を超えます。勝率99.95%達成を目標にしています。
ゲームは数独も好きで、新聞掲載の問題を週2回ほど楽しんでおります。これも難度の高い難度4か5しかやりません。時折インターネットの数独のページを開き難問に挑戦しております。
英語無料講座は、学習のためと言うより、ゲーム感覚で楽しんでおります。というのは、成績により、ランクグループを与えられ、5段階あるランクグループの上位3グループを行ったり来たりしております
いずれもボケ防止に効果あるだろうと期待しております。
旅行も、好きですが、脚力の衰えが著しく、歩けない旅行は楽しみが激減ですので、専ら温泉と食事を楽しむことが目的となります。年4回を目標にやっております。
脚力が衰えたと書きましたが、脚力だけでなく、特に生活で困っているのが、難聴です。30年来の悩み事です。友人・知人と会食・会合をしても、会話に参加できないことが多いのです。しかもつい2-3ヶ月前、突発性難聴に襲われ、右耳は聴力を完全に失いました。無論左耳に補聴器を装着しておりますが、音はすれども聴き分けられずと言うことが多いです。
そのような中、yozo君が近くに住んでおり、月に1回程度夫婦で飲み会をするのが楽しみです。無論、会話が楽しく賑々しく進むわけではありませんが、長い付き合いで、遠慮無く聞き直せるので、本当に楽しめます。_と言った毎日です。
車田 則充
相変わらず単調で非生産的な日常を過ごしております。
今夏の酷暑を何とか乗り越えましたが、その過程で体力の衰えを実感しております。
加えて気力の衰えも感ずるようになりました。
気候変動による夏季の酷暑が常態化するようで、それに耐える体力、そして気力を維持しなければと考えるこの頃です。