奥脇 昭嗣
国内に入ってくる塩素の形態は、工業塩が主、次いで塩ビモノマー用の1,2二塩化エチレン(EDC)であろう。高度経済成長時代は苛性ソーダと塩素を供給するため電解設備が大増設された。この間の技術進化と規模拡大は目覚しかった。ソーダ側から見ると、ア法苛性ソ−ダは廃止、ソ−ダ灰もソルベ−法から塩安ソ−ダ法に替った.電解法は水銀法、隔膜法からイオン交換膜法へと完全に変わった。塩素側から見ると、食塩電解工業は、発足時から塩素と苛性の需給バランスが問題であった。今もこの問題は変わらず、不足の塩素がEDCの形で輸入されているのであろう。
塩素の用途は無機系では、塩酸、塩化物、塩素、ホスゲン,次亜塩素酸塩、二酸化塩素、塩素酸塩、過塩素酸塩などであろう。有機系は、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩素系ゴム等の高分子、溶剤,合成中間体等であろう。
わが国では、塩はメキシコおよびオーストラリアの大塩田で生産された工業塩が,大型船で本牧埠頭、瀬戸内の三つ子島に着き,各地の電解工場やソーダ灰工場に送られる。海に囲まれたわが国とはいえ、工業塩を安価に生産できない.工業塩を完全利用する技術の到達点の一つが、ガラス用ソーダ灰を供給する塩安ソーダ法である。副生する塩安は窒素肥料であるが、塩素はアンモニアの単なる固定材であり、他の無機塩素のように水にはこばれて末は海にたどり着く。今でこそ専売が外れて、海外の食塩がスーパーの棚を飾るが、つい最近まで食用塩の全量はイオン交換膜法で海水を濃縮し、蒸発缶で結晶させたものであった。食卓塩、味噌、醤油等の調味料、漬物等に使われる食塩は一人年間11kg程度で、150万tが生産され,工業塩はその5倍ほど使われる。わが国で使われたナトリウムと塩素の大半は、工業塩では別々に,食塩では連れ立って母なる海に帰る。
食塩と塩素系樹脂がごみ焼却炉で燃やされて大量のダイオキシンを非意図的に生成して社会問題となったが、その生成挙動が解明され、新鋭の大工場は、今やごみに付いているダイオキシンの分解工場といえる。冷媒や溶剤として使われているフロン類も温室効果のため将来は廃止される。ストックホルム条約の調印により各地に保管されている農薬やPCBなどのPOPsが分解される.
塩素ではパイプや窓枠の塩ビ材料はマテリアルリサイクルシステムの構築が進んでいる。そのため,ソ−ダのガラスのように,リサイクル塩ビパイプは塩素のストックとみなせる。フィードストックリサイクル技術も開発されて、塩素の利用は,バランスと経済性また小さな技術的問題が残っているが,ぼつぼつ出番の様である。無機塩素の帰り道で残る問題の一つは、ごみ処理で発生する塩酸やセメントキルンの塩化物の処分方法になろうか。食塩もその一端を担う。ひと働きした塩素の良い帰り道をつけるために、パイプの場合より広く,ソーダ・塩素、塩ビ樹脂等関連業界が主体的に行動する時ではないだろか.
注) きっちりした塩素収支を知りたい方は,河村,角館,鈴木,資源と素材116,161(2000)または海野,丹治,掘,ケミカルエンジニアリング,45,557−565(2000)を参照して下さい.