「東洋医学よもやま話」その3

北川洋三
2003/07/07

 

「・・よもやま話」その1、その2で「気」についてザーッと見てきました。東洋医学を構成する基本的な考え方が「気の思想」なので、ここは避けて通るわけにはいきませんので、少々くどくなったかも知れませんね。

ただ、実は「気」の話は、まだまだ先があるんです。 気の通路は「経絡」といいまして、この辺ももう少し話したいなー、と思います。まあしかし、さらに詳しい話はいずれ叉ということにして、一寸東洋医学の臨床的な話に触れてみたいと思います。

やはり、皆さんがほんとに日常関心を持っておられるのは、「自分の健康や体調」ですよね。東洋医学の基本思想である「気」の話しは一旦さて置いて、皆さんの健康に直接関係する話を今回はしてみようと思います。

我々現代の日本人は健康とか病気について考える時、ごく自然に西洋医学的な考え方をとると思います。 例えば腰痛を起こしたとき「背骨に異常が起きたかな?」とか「腰の筋肉痛かな?」等と考えるのではないでしょうか?  まさか「腎虚証かな?」とか「瘀血(おけつ)証かな?」等とは考えないですよね。そこで東洋医学の臨床観と西洋医学の臨床観の違いをまず一寸話したいと思います。

実際小生が臨床で治療していて何が困るかといって、東洋医学的診断を患者さんに説明するのがとても難しいということです。我々は子供の時から良きにつけ、悪しきにつけ西洋的、科学的思考で慣らされていて、その範疇からずれた思考パターンに対して、どうしても違和感を覚えてしまう傾向がありますよね。

[その1]で一寸書きましたが、「科学が森羅万象をあまねく説明する手段とはとても思えない・・・」ということが、臨床という現実の場で実際悩みの種なんです。つまり、東洋医学の診断の主要な部分が科学的証明に結びつき難いんですね。

しかし、医学の価値は“病気を治す”ことのみにあって、“科学的であるかどうか”はその次に来ることだと思うんですが、 科学を専攻された諸兄は(小生もその徒ではありますが)どう思われますか?

それでは、今回の本論に入りますが、話を判りやすくするために、具体的な症例を挙げて話をしたいと思います。一つの例として、「耳鳴り、難聴」は我々の年代によく見られる症状ですが、西洋医学と東洋医学はどのように考えているのでしょうか?

西洋医学的に考えられる病因は、

  1. 外耳性または中耳性の疾患、例えば中耳炎など

  2. 内耳性の疾患、例えば内耳炎、メニエル病など

  3. 中枢性疾患、例えば脳腫瘍など

  4. 全身性疾患、例えば高血圧、動脈硬化症など

  5. 原因不明、 老化現象などが考えられるが要はよく判らない

細かく言えばもっともっと多様ですが、大まかにはこんな所だろうと思います。そして、現実の臨床では原因疾患がよく判らない、つまりDが最も多いのではないでしょうか。

一方東洋医学では、どのように考えるかというと、

  1. 風熱による外感証

  2. 気滞血瘀(きたいけつお)証

  3. 肝火上炎証

  4. 肝血虚証

  5. 腎虚証

  6. 脾胃虚証

などです。

前の、西洋医学的考え方は何となく分かると思いますが、これは解り難いですよねー。ちょっとだけ簡単に解説しておきますが、

  1. @の外感証とは、病因が外から身体を侵した状態を言います。 正体は細菌であろうと、ウィルスであろうと、または寒気、熱気、湿気であろうと何でもいいのですが、要は身体側に異常がなくとも、原因が外から襲った状態で、急性に発症する病証をいいます。

  2. Aは身体の「気」の巡りが滞って、そのために「血」の巡りが不調になった病証です。

  3. Bはストレスや激怒などにより「気」が鬱して、身体の上部や顔面に熱がたまった病証をいいます。 顔を真っ赤にして怒ってばかりいるとこの範疇に入る可能性があるので要注意です。 

  4. C、D、Eは臓腑の精気(臓腑の機能を発揮するためのエネルギー)が衰弱した病証です。

こう書けば何となく分かっていただけるんではないでしょうか。そして上に書いたことをじっくり見ていただければ、西洋医学と東洋医学の臨床観の違いが、浮かび上がってくると思います。その違いを箇条書きにしてみると、

  1. 西洋医学は何らかの病名があって、病名と関連付けて診断する。  
    従って病名または原因が判らないと治療法がわからない。
    東洋医学は全身的な病態または体質(これを証いいます)と関連付けて診断する。
    病名や原因が判らなくても証がわかれば治療法がわかる。   

  2. 西洋医学は、例えば内耳炎などと、身体を細分化して考える。
    東洋医学は、例えば気滞血瘀証などと、全身的に考える。

  3. 西洋医学は、メニエル病などと、はっきり病気として顕在化したものを対象とする。
    東洋医学は、顕在化した病気の元になっている体質のバランスの乱れを対象とする。

などです。

ここで述べたことは、両者の違いを言ってるのであって、決して優劣を言っているわけではありません。

つまり、「耳鳴り、難聴」の症状に見舞われたとき、最も賢い対処の仕方は何か? と言う時、上に述べた西洋医学と東洋医学のそれぞれの特徴を考える必要があると思います。

具体的に私見をあげれば、

  1. はっきりと原因疾患が確定できる時は、まず西洋医学の処置を優先する。
    メニエル病、内耳炎などの炎症に対しては、西洋医学は非常にパワフルですから。

  2. 原因疾患が確定できない時は、西洋医学では(本音としては)お手上げだと思います。
    それでも、ステロイド剤が、理由はよく判らないが効く場合が多いので、ステロイド剤による治療を受けることになりますが、これが往々にしていろんな副作用を起こす可能性があり、要注意です。

  3. 一方、東洋医学では、原因疾患が何かということは問題にならず、体質のバランスの乱れを問題にしますので、原則的には治療法がお手上げということはありません。

  4. 以上を総括すると、症状が現れたら出来るだけ早期に、西洋医学の診断と治療を受ける、と同時に早期に東洋医学の診断と治療を受けるのが良いと思います。  
    短期的に(せいぜい2週間から1ヶ月程度で)快癒すれば、ステロイド治療が効いたのか、または東洋医学治療が効いたのか区別できないが、それで終了です。

  5. しかしそれで改善されない場合は、東洋医学の治療を主体にするのが良いと思います。

ここで、大切なのは「同時に早期に東洋医学の診断と治療を受ける」ということなんです。

鍼灸師の嘆きとして「西洋医学で何ヶ月も、あるいは何年も散々手を尽くして、その結果が思わしくなくて、やっと鍼灸師のところに来るんだものなー」というセリフをよく 聞きます。

先に証について触れましたが、ここはもう少し説明しないと理解しにくいかも知れませんね。 それと病気として顕在化する前の状態でも証を立てる(弁証という)ことは出来ます。つまり、病気には至ってないが、このまま放っておくと病気になるという状態でも弁証して治療することが出来るということです。

病気には至ってないが放っておくと病気になる状態、この状態を「未病」といいます。「未病を治す」、これこそ西洋医学にはない東洋医学の大きな特徴だと思うんです。しかし病気が顕在化してない状態、つまり一応何とか健康な状態で、お金を使って治療するという発想はなかなか出来ない事のようですねー。

証とか未病とか東洋医学独特の考え方はもう少し話したいですが、まあ少々長くなったので今回はこの辺にしておきます。