はじめに
昨年秋、東京で開催された才萩会に出席した時、私も近況報告なるものをさせられたのですが、その中で、「私は、実は隠れオペラファンなのだ。」と言う事をお話しました。するとその後の雑談の時に、何人かの方から、実は自分もオペラが好きで、さっきのお前の話は非常に興味があった、どうしてオペラが好きになったんだ?というお話を頂きました。
私はこれには驚きました。何故かというと、私の30何年かに及ぶ会社生活の中でオペラが好きだ、という人には、ついに1人も出会うことがなかったのに、たった40人位のあの才萩会で3~4人の方からオペラが好きあるいは興味がある、と言うお話を伺ったからです。
化学屋とオペラ、という組合せは、ウナギとかき氷を一緒に食べるにようにしっくりしないものと思い込んでいた私にとって、あれは驚きでした。と同時に、才萩会もなかなかのもんだな、と大いに感心?した次第でした。
その3~4人の中に、このHPの Web-Master である遠藤君がいたのが“運のつき”で、早速、「聞いてけさい」にオぺラのことを何か書いて投稿しろ、という有難いご下命を頂いたのでした。半年ほどホオッておいたので、忘れてくれたかと思っていた所、最近また催促があり、遠藤君も顔つきに似合わずしつこい男だな(失礼)と思いはしましたが、いよいよ今度は逃げられぬ、と覚悟を決めて、この拙文を書き出した次第です。
ただ私はオペラに関しては、ただ好きというだけで大した知識もなく、皆さんの何の参考にもならないことは最初から見当がついていますので、特にオペラ嫌いの方は、この先は読まれない方が時間の節約になろうかと思います。
どうしてオペラ好きになったか
オペラと言葉
- 田舎住まいとオペラとお金
「余は如何にして歌劇愛好者になりしか」、と力むほどのことではないのですが、かくいう私は、元はオペラ嫌いでした。興味がないというだけでなく、積極的に嫌いでした。
理由はカンタンです。あのオペラ歌手、特にソプラノの歌手が歌うときの声、あの人間の声とは思えないキンキン、キーキーと響いてくるあの声が大嫌いだったからです。 |
それが何故ファンになったかということですが、これも単純明快です。“ホンモノ”を観たからです。当時、NHKが「イタリア歌劇団」という名称で、イタリアから一流の歌手及びスタッフ、を招聘して一般の人々の“啓蒙”をはかっていました。(詳しくは知りませんが、10回近くに及んだと思います。)
昭和40年に、「第4次イタリア歌劇団」というのが来日公演をしたときに、私はこれを観たのです。場所は上野の東京文化会館、オペラはロッシーニの「セビリアの理髪師」でした。
オペラが嫌いなのに何故見に行ったのか、というところがポイントですが、簡単にいえば、人はなんであんな不愉快なものを、高い金を出して見に行くのか、という疑問に対する答を知りたかったからです。
結果はすぐわかりました。一声“ホンマモン”の声を聞いただけで。
今までキンキン、キーキー聞こえていたものが、実は本当に美しい声、響きであることを実感したのです。言葉は全くわかりませんが、声を聞いているだけでそれは実に快く、ある種の魔法にかかった如くに耳に入ってくるのでした。
まさにイチコロでしたね。
このとき歌っていた主な歌手は、メゾソプラノのジュリエッタ・シミオナート、バリトンのアルド・プロッティで、シミオナートは全盛期をやや過ぎていたとはいえ、当時の世界的な超一流の大歌手、プロッティも今日的にいえば三大テノールの次くらいの大歌手でした。(もっともそれは後で知ったことでしたが)
それまでどうしてキンキンとしか聞こえなかったのかというと、どうも当時の音響技術(特に放送の)のせいではなかったか、と今は思っています。(私の持っていたラジカセが安物だったということもあります。)もう一つは、当時の日本人歌手のレベルの問題もあったのではないでしょうか。
ともかくこれが私にとって初めてのオペラとの出会いで、これ以降、オペラに魅せられた状態で今日に至っているというわけです。何事も、最初の出会いが大事、ということかもしれません。
ついでにいえば、私の家内も結婚当初はオペラには全く興味はありませんでしたが、結婚の翌年、確か昭和46年だったと思いますが、同じイタリア歌劇団の公演(ベルリーニの「ノルマ」)に連れて行ったところ、やはりイチコロでオペラファンになってしまいました。このときは、フィオレンツァ・コッソットというまさに絶頂期にあったメゾソプラノ歌手の歌を聴いたのですが、これには心底感激しました。ただ声をきいているだけでウットリ夢見心地となり、恥ずかしながら、感動で涙を流してしまいました。
この時のコッソットは今まで私が生で聴いた歌手の中では文句なく最高ですね。あまりに感激したので、公演の終った後に翌日?のチケットを2人分衝動買いしてしまったほどでした。(一番高い席しか残っていなかったのに。)
翌日はドニゼッティの「ラ・ファヴォリータ」でしたが、ここでのコッソットも素晴らしかったし、相手役のテノールのアルフレード・クラウスがまた最高でした。
またまたついでにいえば、現時点において私と家内との共通の趣味はオペラしかなく、これがなかったら今ごろ一緒にはいなかったかもしれない!、というわけで、イタリア歌劇団は、我が家にとっては救世主的存在なのであります。
これは大問題です。殆んどのオペラはイタリア語、ドイツ語でありまして、私には全くわかりません。
ドイツ語は大学で多少はやったハズですが、デルデスデムデン、イッヒ リーベ ディッヒくらいでは話になりません。イタリア語に至っては、知っているのはマカロニ、スパゲッティくらいなものでまさにチンプンカンプンです。
オペラは歌芝居ですから、言葉がわからないのは、ある意味で致命的なのですが、そこは事前の勉強である程度はカバーできます。筋書きを知ることです。
これがわからないと、本当に何を観ているのか、殆んどわからないし面白くないので、事前にストーリーだけはよく本を読んで覚えておきます。個々の言葉は分からなくても、筋さえわかっていれば結構楽しめるということです。
言葉が分からないからオペラはいやだ、という人が多いのですが、言葉がダメでも楽しめるのです。最近は舞台の上とか横に字幕が出るようになって、この点は様変わりによくなりました。ただこれも日本で観る分にはいいのですが、外国では役に立ちません。字幕そのものがドイツ語とかフランス語とかで出てくるからです。英語もありますが、頭の中で英文和訳をやっているうちに舞台がどんどん進んでしまって、オペラを楽しむどころではありません。
ここは、一念発起して、ドイツ語、イタリア語を勉強するのがベストなのですが、老人力発揮の毎日では前途ほど遠し、です。
あるいは、日本人が大挙してヨーロッパのオペラハウスに押しかけるようになったら、日本語の字幕が出るようになるかもしれません。(これはまずないでしょうね、連中はプライドが高いから。)
全くべつの観点から、言葉は理解しなくても楽しめる、という考え方もあります。それは、声を音としてのみ聴く、つまり歌声を一種の楽器の音として聴いてしまうということです。エルヴィス・プレスリーの唄を何人の人が歌詞を理解して聴いていたのでしょうか。オペラをCDやレコードで聴く場合はこれに当てはまるかもしれません。以前には長い間、私もこのやり方でオペラを聴いていたように思います。
オペラの音楽としての側面に特に価値を認めるならこういう楽しみ方も勿論いいわけですが、芝居としての要素、あるいは視覚的要素を抜き取ってしまうと、やはり半分しか楽しんでいない、ということになるのではないでしょうか。歌手には美人が多いし、それにとても“ふくよかな”肉体の持ち主が多いので、声だけでは、楽しさは三分の一以下になるでしょうね。
外国のオペラを、日本人が日本語でやる、というのもあまりうまくないようです。言葉とオーケストラの奏でる音楽とは密接な関係があって、言葉が元と違ったら作曲家が意図したものが相当部分失われてしまうでしょう。大体が、最初に台本(「詞」、言葉)があってそれに作曲家が曲を乗せるわけですから、「初めに言葉ありき」です。「荒城の月」を英語で歌ったらどうなるか、というようなことではないかと思います。(私は専門家でないのでこの辺でやめときます。
私は今、福岡県久留米市という、東京から見ると地の果てのような所に住んでいますので、日本でオペラを見ようとする場合は、相当なハンディがあります。海外の一流レベルのオペラ公演は東京とか関西にほぼ限定されるので、こちらから観に行こうとすると、旅費がズシーンと重くかかってくるからです。例えば公演のチケット代が(いい席で)4万円とすると、交通費、宿代、食事代などがそれ以上かかって、結局オペラ一つ見るのに10万円くらいになってしまいます。
いくらオペラ好きでも、10万円かけて東京まで観に行こうという気にはなれません。そこでもっぱら、最近はNHKのBSで時々やってくれる、海外のオペラ公演の映像を見て楽しんでいます。それから、時々福岡にやってくる海外の2流くらいのオペラ公演を観にいきます。これはこれで結構楽しいのですが、さすがにこれだけでは満足できないので、年に1回だけ、外国特にヨーロッパにオペラ見物に行くことにしています。
地元久留米のオペラ好きの団体ツァーです。今年は3月にミュンヘンとベルリンに8日間の日程で行ってきました。
費用は全部で約30万円。見たオペラは4つ。“1つ当り”にすると8万円くらいです。“1つ当り”で計算すると東京に行くより安いのです!。お金だけではありません。雰囲気が違います。きらびやかな衣装に身をつつんだ紳士淑女の中で観るオペラはまた格別です。建物がまたすごいですよね。向うのオペラハウスは街の中心にあって、その都市あるいは国の威信をかけて造った、王宮のような豪華な建築ですから、まさに王侯貴族になったような気分です。
旅行中は、オペラを観るのは夜で、昼間は観光です。このことまで入れたらかなりお得な旅行だと思っています。旅行費用が安くなる最大の理由は、向こうではオペラのチケット代が安いからです。(というより日本でのチケット代が高すぎる!)。今年ミュンヘンで観た「トロバトーレ」は最高の席だったのですが、チケット代は12,000円くらいでした。
この金額で、劇場はバイエルン国立歌劇場、指揮はズビンメータとくれば、オペラファンにはヨダレのでそうな値段です。しかも席がどこでもいいとなったら、一番安い席(立見席)ではなんと数百円からあるのです。
日本でオペラがなかなか普及しない原因はこの辺にもあるのでは、と思います。と話が飛躍してしまいましたが、本当は“食わず嫌い”が一番の理由ではないか、と思っていますが如何でしょうか。
このオペラ旅行については次回に書いて見たいと思っています。
(続く)