中欧オペラ紀行(9) ウィーン ―その1―

ウィーン ―その 1―

金子忠

―ウィーンフィルハーモニー管弦楽団―

ブダペスト、ザルツブルク、ブラチスラヴァときて、いよいよウィーンであるが、ウィーンについては書くことががいっぱいあり過ぎてどこから書いていいのかわからない。

そこで、音楽に関係する、ということでウィーンフィルのことから書いてみることにした。


 
ウィーンにはオーケストラとして世界的に超有名なウィーンフィルがある。ここ数年はNHKの正月恒例の音楽番組として定着したニューイヤーコンサートで演奏するあのオーケストラである。

じつは、このオーケストラはオペラと切っても切れない縁がある。というのは、ウィーンフィルはウィーン国立歌劇場の管弦楽団でもあるのである。正確に言うと、ウィーンフィルの母体はウィーン国立歌劇場管弦楽団なのである。(写真はウィーンフィルの本拠地、ウィーンの楽友協会の建物)

さらにいえば、ウィーンフィルはウィーン国立歌劇場のオーケストラのメンバーの中から優秀な奏者を抜擢して編成されている(のだそうである)。これを知ったときはうれしかった。

我々はウィーン国立歌劇場では何回かオペラを見ているから”自然に”ウィーンフィルの演奏を聞いていたことになる。ただ、その演奏レベルにおいてはウィーンフィルとして演奏する時の方が若干上、ということになるらしい。

今度の旅行では、実は予定外でこのウィーンフィルの定期演奏会を生で聴くという嬉しいハプニングがあった。

ウィーンフィルの定演は年に10回ほどあるが、そのチケットは入手困難で有名である。

なぜかというと、このオーケストラには強固な会員組織があり、定演のチケットは全てこの会員が買ってしまうからなのだそうだ。だから通常ルートでは一般に出回ることがない。手にいれることができるチャンスはキャンセル待ちだけなのだ。

我々が今回入れたのは、このキャンセル待ちをうまく捉まえることができたということになる。

上の写真が、楽友協会の入口でキャンセル待ちをしている時のもの。結果的にはなんと一行12人分のチケットを粘りに粘って手にいれることができた。奇跡的!(一般座席3と立見席9)。これはチケットを持っている人との交渉事だから言葉が堪能でないとできない。

この間のことを書くと長くなるので省略するが、我々の大先生、信愛のO先生(写真の中央)のまさに献身的なご尽力によるものであった。先生の手にしている紙には「チケットを探しています」とドイツ語で書いてある。先生はドイツ語はペラペラなのだ。写真の右の方にいる若い二人の女性は日本から来た音大生で、同じようにキャンセル待ちでチケットをねらっていた。(結果的にはこの二人もゲットできた)

ウィーンフィルの定期演奏会の会場は、ウィーン楽友協会の大ホールと決まっている。そしてこのホールは音響の素晴らしさで世界の一、二を争うことで評判が高い。つまり、ウィーンフィルとこの優れたホールとの組み合わせが最強の組み合わせなのである。

演奏会に先立ってこのホールの見学ツァーにい参加したのだが、実際にこのホールの中に初めて足を踏み入れた時の感動は忘れられない。音以前にその内部空間の美しさ華やかさに目を奪われた。

ホール全体の形は単純な長方形であるが、その両サイドの壁面に彫像(女神?)がずらりと並べられそれが金色に彩色されている。柱、手すり、天井等も基本的に金色である。しかしいわゆる金ぴかではなく、輝きを抑えた落ち着いた金色である。これが華やかさを際立たせている。

音響を考慮してこの彫像をはじめ壁や調度は全て木製なのだそうだ。天井や壁面には美しい絵画が何面も描かれている。優雅なシャンデリアも何本か吊り下げられている。お膳立ては最高なのだ。

さて演奏の方である。今日の指揮はかのリッカルド・ムーティ。曲目はシューベルトのロザムンデの音楽、モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。後半はあまりなじみのない、ヒンデミットとバルトークのものが演奏された。

私はいわゆるクラシックは好きではあるが、専門知識は殆ど無いに等しい。ただ、ミーハー的にああきれいな音楽だな、と思うだけのローアマチュアである。

そのようなわが耳にも、ロザムンデの音楽が始まったとたん、これはやはりただものではないな、という感じがした。弦の音のなんともいえぬ快い響きに、ああこれがウィーンフィルのサウンドなのか、と単純に感激した。

個人的に最もよかったのは、モーツァルトの協奏交響曲。これは交響曲という名前がついているが、いわゆる”ヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲”である。これを聴いたときは、その美しさを表現するのが難しいが、あえてキザな言い方をすれば、「天上の音楽」とはかくや、と思った次第である。

二つの異なる独奏弦楽器の綾なす音の流れはある時は絡み合い、ある時は自己主張をして、それがオーケストラと組み合わされて何とも言えぬ恍惚の世界に引き込まれていくのであった。


 
後半のバルトークとヒンデミットの曲はなんせ初めて聴く曲であるから何かよくわからないうちに終わってしまったが、複雑な構成なのにオーケストラの一糸乱れぬアンサンブルの妙に感心した。

バルトークは特にハンガリーの土俗的な舞曲と思われる部分がおもしろかった。ヒンデミットも最上等の映画音楽を聴いているような感じもしてそれなりの楽しめた。

上の写真は、指揮者を待つウィーンフィルのメンバー。(たしか「ロザムンデ」の演奏前) いい音楽を言葉で表現するのは、美味い料理の美味さを言葉で表現すること同じで非常に難しい。

オペラと同様、私の鑑賞能力ではただよかった、と書くしかない。この日の演奏も全く問題がなかったかどうか、すべてがベストであったかどうかは私にはわからない。が、終わった後はもう、頭の中が空虚になってしまって、今聴いたのはいったい何だったのだろう、と自問自答してみても答えがでてこなかった。


 
上の写真は演奏後聴衆の拍手に応えるウィーンフィルとムーティ(中央指揮台の右の人)
なお、俗っぽいことを付け加えれば、指揮者のリッカルド・ムーティが思ったより小柄だったことと、しかし背筋がピンと張っていて、ルックスがすばらしかったことが印象に残る。(女性に人気がありそうだ)

更に立見席だったとはいえ、チケット代はわずか 4.5ユーロ(約 600 円)だったことが未だに信じられない。たったの600円でウィーンフィルの生演奏を聴ける!・・・・・ウィーンに住んでいる人はつくずく幸せだなと思った。

なお、付け加えれば、このコンサートは昼間にあったのだが、その日の夜は夜で我々はウィーン国立歌劇場でドニゼッティのオペラを見たのであった。ウィーンフィルのダブル?
なんという贅沢な一日であったことか・・・・・未だに信じられない