再び靖国神社問題について

堀尾公亮

今年3月末桜の開花に合わせて、久しぶりに靖国神社に参拝した。桜の名所とあって老若男女でにぎわい、昇殿参拝する人もかなりいた。しかし終戦後50年を境に参拝者も少なくなり、初穂料だけでは維持が困難になってきていると、神社の関係者は嘆いていた。

境内にある新装なった遊就館にも立ち寄ってみた。前身が軍事博物館だけあって、英霊の武勲、遺徳を顕彰するのが目的なので仕方ない事かもしれないが、上映されていた映画は勇ましい軍艦マーチなどのバックグランドミュージックで戦威高揚をあおる印象さへ憶えた。

歩いて10分ほどの所に千鳥が淵戦没者墓苑があるので、はじめてお参りした。これは昭和30年頃、政府の遺骨収集団が南方をはじめ異国の地で戦死した方々の遺骨を収集して持ちかえり、昭和34年に政府によって設立された、いわば一宗教に偏しない国立の無名戦士の墓なのである。小泉首相はここへもお参りをしているというが、社民党党首などがお参りしている報道ばかりである。片手落ちの報道ではないだろうか。

4月に入って早々中国の全大会が開かれ、冒頭各幹部による小泉首相の靖国神社参拝阻止が叫ばれていた。年中行事とはいえなぜこのような内政干渉が執拗に繰り返されるのかを検証するために「なぜ中国人は日本人を恨むのか」(石 平著 PHP研究所)という本を読んでみた。

それによると従来中国では言論が厳しく統制されてきたが、20027月現在

インターネットの利用者は2650万人にのぼるようになり、自分の意見を公に発信できるようになった。人民日報のHP「強国論壇」などには日本を冒涜する、書くのもはばかるような投書が相次いでいる。

要するに経済大国である日本は、必ず軍事大国となり「武士道と軍国主義の伝統」を有する以上対外侵略する事は自明の理であるという論法である。

ここからは私の推論であるが、毛沢東共産思想を永続させるためいわゆる文化大革命を行い、毛語録なるものを片手に持ち自国の歴史、文化遺産、思想などの破壊を行ってきた。

上記の投書は当時の中学生やその子弟達の仕業であろう。

表面上自由経済国となった現在中国の指導部も、本気でそう思っているわけでもなく、彼らの論法の矛先をかわして、12億の民の目を仮想敵国を想定する事によってまとめる手段に、靖国問題を使っているだけのことである。

日本のODAはじめ資本投下、貿易、技術指導などが無くなれば困るのは中国である。

日本も内閣が変わる度に、コメツキバッタのようにペコペコ何度も謝罪する必要があろうか。かの英国を見よ、かってアヘン戦争であれだけの悪さをして99年間の香港租借権を得て、数年まえ中国に返還された。その式典に列席したチャールズ皇太子にある新聞記者が「何か謝罪の言葉は無いのか」と質問したところ、即座に「19世紀に起こったことを、20世紀になってなぜ謝罪しなければならないのか」といって平然としていたという。

47日には小泉首相の靖国神社参拝は憲法違反であるという、福岡地裁の判決が出た。独立した司法の判決であるから重く受け止めなければならないが、法律家の間でも賛否両論があるように、このようなあいまいな憲法は早く改正すべきである。

長い神道の歴史においても、国家神道はたかだか100年の歴史であり、明治以来列強の植民地支配からのがれ、自主独立を貫くため国民の心を一にするための方便であったような気がする。終戦後連合国は日本人の精神力の強さを弱体化させるため,信教の自由を認めながらも、それを国が援助する事を禁じた。

昭和55年終戦記念日に中曽根元首相は戦後はじめて、首相として靖国神社を公式参拝したが、翌年以降見送っている。最近になって、A級戦犯は分きした方が良いと述べているが、靖国神社には一度祭られたら出られないという内規があるのを御存知なのだろうか。

構造改革を旗印に颯爽と登場した小泉首相も靖国神社参拝は、他国の顔色をうかがいつつ抜き打ち的に参拝している状態である。

国家元首たるもの、己の信念に基づき、国民を代表し先人の御霊に額づき、過去の過ちは過ちとして深く反省して、平和日本の建設を堂々と誓うべきではなかろうか?

皆さんの率直な御意見をお伺いしたい。

平成16520日記