アルツハイマー

遠藤興輝

もともと物忘れの多い人間だと自覚している。物覚えは極めて悪くなったと認識しているが、特に物忘れが強くなったという意識はなかった。

だが、今週・先週と2回連続で、約束を忘れる大ポカをしてしまった。

数年前、大学以来の親友が、早期退職し、鍼灸按摩士の資格を取る学校に入った。在学中、彼の鍼灸の実験台になったことや、友達のよしみで、彼が鍼灸按摩士の資格を取った後も、2〜3週間に一度の割で、ずっと無償で治療してもらっている。

慢性の軽い頭痛や、60肩の痛みに効果的なこと、高めであった血圧がほぼ標準値に落ち着いていることなど、その効果に大いに感謝している。

治療日は、彼の都合の連絡を得て、こちらで選択する。これまでも何度か、こうして治療日を決めながら、その日になると忘れてしまうことはあった。

彼から、「またか」と冷やかされ冷笑されていたが、今回のは我ながら、甚だまずい。

最初のポカは、約束の時間の1時間後、ふと気が付き電話で謝った。この時は、避難場所一覧表を並べ替える作業で、いささか細かい照合作業に取りかかっていて、時間の過ぎるのを見過ごしてしまった。

改めて、友の都合をもらい、その一週間後を治療日と決めた。

一方、我がパソコンが、200GBのシリアルATAハードディスクを何時の間にやら認識してないことに気付き、パソコンに詳しい人に相談したところ、電源かケーブルに問題あるかハードディスクそのものの破損のいずれかだろうという診断を得ていた。

鍼治療の日、パソコンショップにケーブルを求める予定を組んだ。出掛ける折、鍼治療の時間までに戻らなくてはならないと、前週のポカを繰り返さない心の準備をして出掛けた。

パソコンショップで、ケーブルの他、念のため新しいハードディスクも求めた。 家に戻り、早速ケーブルを取り替え、新しいハードディスクも取り付けてみたのだが、古いハードディスクはおろか新しい方も認識しない。さてどうしたものかとあれこれ、パソコンをいじっていた。

この段階で鍼治療は頭から完全に消えてしまった。食事後、つまり約束の時間から3時間後、彼から電話があった。

「KGです」と聞いたとたん「あっ!」と声が出た。今度ばかりは、「ご免」と言うのも言いにくい。

無言でいると、彼の曰く:

お前、大丈夫か?

二回連続で忘れたということで、俺の方が心配になった。

アルツハイマーは50代からでも始まるのだぞ。最近物忘れが多いとか、そういう自覚はないのか。

これに対し

物忘れの多いのは、もともとだ。鍼でアルツハイマーは治るのか?

など、愚にもつかぬ事をうだうだと繰り返したように思う。


彼の最後のきつーいひとこと:

怒っているのではなく、本気で心配している。一度医者に相談してみたらどうか。

これを、何とも静かに、穏やかに言う。

とにかく二連続でポカというのは言い訳などしようもない。ただただ、うんうんと応えるのみ。

電話を切った後、二連続で約束を忘れたということで強烈な自己嫌悪に陥った。 同時に、もしかしたら、彼の言うのが当たっているかも知れぬという不安に駆られた。

最近、親しくしており喜寿を超えた人の物忘れがひどくなったのに接し、自分もいずれあのようになるのだろうかなどと考えていたが、それがもうこの歳で始まっていると宣言されたような気分になった。

次回定期検診の折、医者に相談してみようと思う。

友よ、いかにも静かに穏やかに「怒っているのではなく、本気で心配している」という言葉に、お主の強い怒りを感じる。だが、お主の助言と真摯に受け止める。

もう許せぬと思っているかも知れぬし、そうあっても当然と思う。逆の立場であれば、こちらはきっと怒りをあらわにしていただろう。文字通り、申し訳のしようもない。

だが、懲りずに乞う。許せ。


.....つづく