表題
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安谷屋 武志
表題
本稿は日本鉄鋼協会誌“ふえらむ” Vol.30(2025) No.10に掲載されたものです。

1.はじめに

亜鉛および亜鉛合金めっき鋼板は鉄鋼製品の中で最も大きな発展を遂げた製品である。先ず図11)をご覧頂きたい。これはʼ50年代よりの日本の鉄鋼製品(圧延鋼材)の品種別生産量推移を示したものである。

鉄鋼品種別生産量

ʼ60年代よりʼ70年代半ばにかけて高度成長時代の波にも乗りトータル生産量の伸びが顕著である。そしてそのピークはʼ73年の約9100万トン(粗鋼ベース1.2億トン)である。

製品別にもう少し詳しく見ると、ʼ80年代初期までは製品の主役は棒鋼、型鋼などいかにも鉄らしい製品であったが、その後、熱延版・冷延板・亜鉛めっきという薄物に置き換わっており、なかでも亜鉛めっき鋼板の伸びが著しく、ʼ01年以降ではトップの座(18%)に着いた。

その頃鉄鋼関係で新聞や雑誌の経済欄を賑わしているのは溶融亜鉛めっきの設備新設や増産の話しばかりであった。

その理由は、第一に最大の量産品種でありながらまだ需要が増えている製品であること、第二に製品の大半が製品付加価値の高い自動車用鋼板であることである(図21))。

この後詳しく述べるが、このことが亜鉛および亜鉛合金めっき鋼板の国際会議が日本で発足した大きな要因になったと考えられる。

2.Galvatech 国際会議の立ち上げ

ʻ80年代になると「亜鉛および亜鉛合金めっき鋼板」関係の研究は特に日本では盛んになり、過去3回(第103回、107回、109回)の鉄鋼協会・講演大会討論会講演を見ても並べて約24%を表面処理が占めている。

これまで我々は海外発表をしたい場合、American Electroplaters Society(米国)、The Electrochemical Society(米国)、Inter Galva(欧州)、Inter Finish(世界各国)などに参加したが、亜鉛合金めっき鋼板が多かった国内ニーズに応えるものではなかった。

久松、大橋氏
写真1 閉会挨拶の久松実行委員長(左)と歓迎挨拶の大橋国際交流委員長2)

当時日本鉄鋼協会・会長は東京大学工学部長を退官されたばかりの久松敬弘先生(写真12)、故人)が就任され、本会の実行委員長も担当されたため、我々実行委員を大いに元気付けて下さり、先生自身も国際会議発足に向けても大きな夢を抱いておられた。

そして約1年間毎月例会が行われ、会議の企画・立案から招待講演者選定まで携わった。準備が整いʼ89年9月に“International Conference on Zinc and Zinc Alloy Coated Steel Sheet”をスタートするに至った(図33))。

その時一緒に活躍した実行委員のメンバーを表13)に示す。皆さんは殆ど国際会議出席の経験者で、会議には慣れた方が多かったと思われるが、自分達で会を立ち上げるのは初めて、苦労も多かったと思われる。

久松先生のもう一つの想い出は先生の指令でレディースプログラムでの海外ご婦人のお相手のため、実行委員は全員奥様を出すようとのことだった。

proceedings
ex.com

ところが当日真面目に奥方を連れてきた方は実行委員長と私ともう一人だけ。家内には大きなプレッシャーをかけてしまったが、高輪プリンスホテルでの茶会の体験、結構楽しかったと聞かされほっとした。その時の奥方同志のお付き合いは結構長期間続いていたようだ。

theme

このようにして出来上がった本会議のテーマを表23))に示す。この中でも特に(4)の製品特性に重点が置かれた。各セッションの発表件数は:Session1基調講演2件+一般公演7件、Session2基調講演3+一般公演9件、Session 3 基調講演1+一般公演8件、Session 4 基調講演3+一般公演15件、Session 5基調講演2件+一般公演13、Session 6 一般公演5件、Session 7一般講演10件。全体として自動車に関するものが最も多かった。

参加者

なお、国別論文発表数および会議参加者数は表33))に示す。参加者は日本からは過半数の208名だったが、海外からも米国57名、フランス23名、西ドイツ19名など、計20カ国から184名の出席者があり、大変充実した三日間であった。

その間私もDr.Winnand(ベルギー)、Dr.Meuthen(西独)、Dr.Denner(米国)、Dr.Leroy(ベルギー)など各国の著名人と親交を深めることができ、その後も交流を付けた。おそらく久松先生も期待通りに会が進み、十分満足されたと思う。

会議終了後三日間にわたり当時としては大変珍しいが、日本人にも見せて貰える工場見学会が新日鉄君津、住金鹿島、日産追浜、新日鉄名古屋、トヨタ自動車、日新堺、神鋼加古川、川鉄水島、NKK福山などで行われ、内外の注目を集めた2)。次回以降の開催にも大きく貢献したと思われる。

また大会三日目(9/5)歓迎パーティーの席上、第2回会議が1992年9月8日~12日アムステルダムで開催されることが決まった2)。これは我が国で始めたこのGalvatechを是非とも成功させたいという気持ちに沿うもので、実行委員の皆さんには大きな感銘を与えた。

3年後のʼ92年には、予定通りAmsterdamにて“2nd International Conference on Zinc and Alloy Coated Steel Sheet”として開幕され、94件の発表があり、盛会であった(図4)。私も出席した。

3回大会はʻ94年シカゴで開催され、第4回大会はʼ98年に千葉で開催され138名の参加を得た。私も参加。その後も回を重ね、現在では14回大会をGalvatech2026としてMonterrey(Mexico)で開催が進められている。

亜鉛および亜鉛合金めっき鋼板が自動車用鋼板として伸びた時、この研究が日本で盛んになり、これを中心課題とした学会が欲しいと願った我々の考えが世界にも伝わったものと思われる。きっと久松先生も草葉の陰から見守って来られたと思われる。

galvatech'92s

もう一つ忘れられない思い出は閉会の挨拶をすることになっていた先生が突然来られなくなり、急遽私にお鉢が回って来て大変戸惑った。講演、座長を終え気楽にしていた時に三つ目の仕事である。閉会式は華やかな中に寂しい気持ちも表したいので大変難しい役柄であった。

3.おわりに

国際会議を無事終えることが出来、ほっとした。大変忙しかったが、このような経験はなかなか出来るものではなく、いい時代にめぐり合わせた思われる。

また亜鉛めっき鋼板が鉄鋼製品の中でも大きな比重を占めている間は、本国際会議は途切れることなく続けて欲しい。

なお本稿投稿後、編集グループより連絡があり、2029年度には第15回大会を日本で開催されることになったとのこと。大変嬉しいことで、出来るだけ多くの素晴らしい発表が出て来ることを願っているところです。

参考文献

  1. 安谷屋武志:金属,78(2008)8,823.
  2. 鉄と鋼,第76年(1990)第4号,152,国際会議報告(亜鉛 および亜鉛合金 めっき表面処理鋼板に関する国際会議報告).
  3. International Conference on Zinc and Zinc Alloy Coated Steel Sheet,Galvatechʼ89,Third(Final) Circular and Registration,March 1989.
  4. International Conference on Zinc and Zinc Alloy Coated Steel Sheet,Galvatechʼ89,Proceedings.
  5. 2nd International Conference on Zinc and Zinc Alloy Coated Steel Sheet,Galvatechʼ92 Amsterdam,The Netherlands,September 8-10, 1992.

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